映画ちはやふるに学ぶ-運と実力の関係性とは?

こんにちは。

皆さんは、映画「ちはやふる」をみたことがありますでしょうか?

この「ちはやふる」という映画は、「競技かるた」を題材としたマンガが原作です。

マンガも読んだことがなかったので、「競技かるた」というものに初めて触れました。

なかなか、奥が深くて興味深かったです。

さて、今回のテーマは「運と実力」

競技カルタには、”運命戦”というものが存在します。
まず競技カルタのルールをざっくりと説明します。

>最初に1対1で対峙して座る
>百人一首の100枚あるかるたのうち50枚を、自分の陣地と相手の陣地それぞれ25枚ずつ並べる。
>百人一首の歌が詠まれたらそのかるたを取る。相手の陣地から取った場合は、自分の陣地から1枚相手側に送る。
>これを何回も行い、自分の陣地のカードがゼロになったら勝ち

かるたは小さい頃にやったことがありますよね。

あれを1対1で何度も繰り返していき、先にカードがなくなった方が勝ちということですね。

それで、”運命戦”というのは、最後の2枚だけになった状態、

つまり、自分の陣地に1枚、相手の陣地に1枚の状態のことです。

この状態では、お互い自分の陣地にあるカードが詠まれた方が絶対的に有利です。
すぐそばにある方がもちろん早く手を伸ばせますからね。

この場合には、

「自分の陣地にある札が先に詠まれたら勝ち」
「相手の札が先に詠まれたら負け」

というのが常識のようです。

つまり、勝ち負けは、”運”次第。

だから「運命戦」

映画の中で描かれるのは主に団体戦です。

団体戦もあくまで勝負は1対1ですが、5人のチームでこれを競います。

団体戦最後の局面、他のメンバーは2勝2敗。

チームの勝敗は、部長太一の決戦に委ねられます。そして、太一の局面は”運命戦”にもつれ込みます。

残り2枚。

この一枚で、団体の勝ちか負けが決まります。

初め、太一は自分のカードが詠まれることを必死に祈ります。

「来い・・・来い・・・来い、来い、来い!!」

しかし、太一は今までのことを思い返すんですね。

運命戦にめっぽう弱い彼は、「自分は、神様に見放されている」と、ずっとそう思っていました。

自分は、才能もない。運もないんだと。

しかし、「それは違う」ということにふと気がつきます。

いままでずっとそう思ってきた。

でも、それで負け続けてきた。

その後、太一はなんと素振りの練習を始めます。

何回も何回も。

繰り返しますが、運命戦では勝負は運で決まるというのが常識です。

太一のこの行動は、相手の札を取りに行く、

つまり、自分の札が詠まれても相手の札が詠まれても勝ちに行く。そういう姿勢を意味します。

結果、

相手は太一の気迫とプレッシャーに押されお手つきしてしまいます。

見事、太一の勝利。

ここから非常に大事な姿勢が分かります。

運に頼る人は、”自分にできること”を最後の最後までやりません。

たとえ負けても勝敗は運のせいだと思っています。

運のせいだと思っているので、次も運が悪ければ負けます。

何も変わっていきません。まさに、これまでの太一と一緒です。

確かに、運というのは存在します。

良い時もあれば、悪い時もある。

しかし、実際はそれで勝敗が決まっているわけではありません。

あくまで”どれだけ努力したのか”で勝負は決まっていくのです。

プロギャンブラーの人がこう言っています。

「運が読める人なんて、世界中に1人もいない。」

めちゃくちゃ説得力があります。

だから、プロギャンブラーもものすごく勉強します。

何度も反省して、論理的に勉強を繰り返していきます。

「運が良い時でも、運が悪い時でも勝てる」

それがプロギャンブラーです。

そうやって、勝つ確率を上げていくのです。

運に頼る人は、プロにはなれません。

世の中で勝ち続けている人は、実力で勝負しようとし続けている人です。