フィリピン」カテゴリーアーカイブ

お店の雰囲気はお客さんがつくる

おはようございます。ついに、赤ん坊が隣で泣いていても動じずに作業する技を身につけた石川です。

今日は、ちょっと駆け足で書いていきますね。
今日の結論は、表題の通り「お店の雰囲気はお客さんがつくる」です。

ここでいう、お店とは「夜のお店」のお話です。しかも、フィリピンなので割とディープな例ですが、リアル店舗をやっている方や人を集めるビジネスをやっている方にとっては何かヒントになればと思います。

僕は、フィリピンに何度も足を運んでいて、学生時代は長期滞在していました。何をしてたかというと、夜遊びガイドや貧困のフィールドワークです。ま、要は遊んでました。ちなみに、この頃に振り切り度MAXで遊び過ぎてしまった影響で今は全く夜遊び欲はゼロになりました。話がそれますが、日本人でフィリピンに遊びにくる男性もかなり多くて、下手な遊び方、汚い遊び方をする人はだいたい昔に全く遊んで来なかった人が多いと思っています。遊びっていきなりできるものでもないし、あまり真面目真面目で行きすぎると年取ってから爆発しちゃったりするので若い時、どこかのタイミングで目一杯遊ぶのが良いですよ。

さて、フィリピンの夜遊び事情というのは、本当に面白くてめちゃくちゃ奥深い世界が広がっています。
僕は、毎日毎晩あちこちを歩き回って、明るくなったら家に帰るような生活をずっと続けてました。

向こうの夜の世界というのは、めちゃくちゃ裾野が広いです。ローカル向け外国人向け、いわゆるキャバクラからマッサージ店、ヤリ系の店、とにかくピンキリでいろんなタイプのお店があちこちにあります。観光向けは、まあわかりやすいというか日本人もたくさん遊びに行ってるので知ってる男性も多いかもしれません。でも本当に面白いのは、普通は行かないようなローカル店の方にあって、ヤリ系にしても、そもそもシステムとして全くないんだけどヤれちゃう店とか、一見普通のバーなんだけど、女の子を隣に呼んで一緒に楽しく飲める店とか(エロいことは何もなくて楽しく食事するだけ。超安い。僕が一番行ってたのはこのタイプのお店)

あとは、置屋とかもあります。これはもう地元の人ですらわからないです。普通の住宅街にあって、看板も情報も何も出ていません。このレベルになると、外国人が行くといろんな意味でさすがに危ないので僕は一回も行きませんでした。

まあ、とにかくキリがないほど奥深くていろんな形態のお店があるわけなんですね。

(一応言っておきますが、僕の場合は、事前に起きうるリスクやその対処法、やっちゃいけないことなど、情報と知見を知った上で歩き回っていたので大丈夫でした。一番やばかった時で睡眠薬で眠らされて二日間起きなかったことだけです。つまり、安全は「作っていた」わけです。こういう国では、行っちゃいけない場所、やっちゃいけないことというのが確実に存在するので、バカな無茶はしないでくださいね。本当に死にますから。)

それで、
まあ色々なお店を放浪したわけなんですが、やはり
「良い店」と「悪い店」というのがあります。

もちろん「良い悪い」というの人の好みではあるので人それぞれなんでしょうけども。

一番感じたことは、「そのお店にきている客層が、その店の雰囲気をつくる」ということです。

店側のサービスだけが、お店の雰囲気を作ると思っていたら大間違い。こういった夜のお店の場合が、その色が特に強いですが、そこにいるお客さんによってその場所はどんな場所なのかが、無意識的に、しかしハッキリとわかります。

いくつか要素があると思うので取り上げます。

・外見、内装
まあ、これは当たり前の話ですね。
エレガントでゴージャスなお店に仕立てたら、金持ち目で、ハイクラスの客層がきます。外国人も増えますし。逆に、何も気を遣わない汚ったない店だったらローカルの人が来ますよね。あとは、清潔度とかもそうで、ローカル店だったとしても統一感があって小ぎれいにしている店は、良いお客さんが多かったりもします。トイレが汚いのは、ダメですね。掃除が行き届いているかどうかも大きな分かれ目です。

・金額
まあ、これも当たり前の話でしょう。
メニューの金額によって、どの客層がくるのかはかなり別れて来ますね。客層をコントロールしたい時に(呼びたいくないお客さんを排除したい時に)、大きな要素の一つ。

・ドレスコード
これは、上客だけに絞るためのルールとも言えますね。ドレスコードって単純に見た目が違うだけではなくて、人間性も異なってくるって話です。服装は、人間性が出ます。ここでいうドレスコードは、何も金持ちだけのことを言っているのではなく、「半ズボン、サンダルはNG」程度のドレスコードも含みます。ローカル店であっても、こういうドレスコードを設定しているバーがあって、そういう服装ができる(別に高くないけど、清潔な服装ができる)人が来ているので、ある程度機能している。

・立地
立地ももちろん客層に影響はしてくるでしょう。
ただ、個人的にはそれほど重要ではないとも思います。だって、本当に良いと思った店は遠くたって行きますし、よくないと思った店は近くても行きませんからね。立地だけで、客層が決まるわけではありません。

・従業員の態度
これは、かなりでかいと思ってます。夜の世界の場合は特にです。どんな形態のお店であれ、お客さんと従業員はコミュニケーションすることが多いわけで、従業員の性質によって、客層も変わって来ます。
早い話が、「お金を積まれるならなんでもやるよ」的な女の子が働く店にはエロい奴(しかもそういう奴は態度も横柄だったりする)が集まって来ますし、「いやいや、だめです。私は安全なお店で働きたくてやってる」というきちんと定められた接客内でしかサービスしない硬派な女の子が働く店には、自然とジェントルマンが集まって来ます。これは、大きいよね。

・オーナーの人間性
オーナーの人間性に吸い寄せられるって一面もありますね。ヤクザみたいな人がやってる店にはそういう客層が集まったりします。類はともを呼ぶですね。
来たお客さんに一卓一卓回って必ず毎回挨拶してくれる真面目なオーナーの店にはやはりジェントルマンが常連につきます。「自分のことを気にかけてくれている」感というのは、やはり1対1のコミュニケーションだと強くて効きますね。逆に、もう来て欲しくないお客さんには、わざと挨拶しなかったりしてますね。悪いお客さんが増えると、従業員が疲弊するし、他のお客さんにも迷惑になるので、きっぱりと排除しちゃって良いって考え方ですね。

・最初のお客さん
店というのは、コミュニティそのものであって、「最初に来たお客さんが後から来たお客さんを排除する」という現象が割とおきると思ってます。しかも、意図的にではなく自然とそうなるって話です。
新規さんがお店に入った時に、どことなく「自分と違うな」と感じたらなんか居ずらくなるというか、自分とは違うのかなという引け目を感じるからです。まあ、夜の世界の場合はこれも割と強い。

以上、いくつか見て来ましたが、
ざっとこんな感じでしょうか。

いくつかの要因が重なり合って、
「どのお客さんが吸い寄せられるか」が決まって来ます。そして、そのお店にいる客層がそのお店の雰囲気をつくってしまうんだよというお話でした。

今日はこれにておしまい。
また明日!

自分の無知を知ろう

こんにちは。実はたまにスマホでブログを書いているのですが、やっぱパソコンの方がはえーよなと気づきつつある石川です。

今日もちょっとした思い出話をします。

最近、思い出話ばかりですみません笑。ここ最近は100%家族モードにしてたのでゆるーい感じなんです。もうちょっとしたらビジネスモードもONにします。

(まず、前々日の記事を読んでいない方はそちらを読んでね)

前々日の記事の中で、「孤独は、人間を成長させる」という話に触れました。

なぜ、僕が孤独になって友達を一人もつくらなくなったかと言えば、それにはきっかけがあります。

ちなみに僕はバリバリの運動部で仲間と騒ぐのも好きなので、もともと陰気キャラなわけではないです。むしろ逆っす。

ですが、しばらく「孤独になろう」と思ったのは、「やばい、とにかく成長しなきゃ」と思ったからです。

そのためには「普通に」努力していたのではダメで、「圧倒的に」勉強しなきゃいけないと強く思えたからです。

だから、いろいろ切り捨てて「時間の優先順位」を考えていった結果、いつのまにか孤独になっていきました。

成長しなきゃ、圧倒的に勉強しなきゃと、思うようになったきっかけがあります。

大学を休学してフィリピンに住んでいた時の話です。

その頃僕は、毎日街の中を自由気ままにブラブラする生活をしていました。話がズレるのでここでは掘り下げませんが、一番の目的は、貧困を知ることで、日本とは違う社会を深くみたいなと思ってました

住んでた家の近くに、日本食レストランがあって、そこの定食がバカ安くて超うまいのでたまに通ってました。

いつも店の端っこの席で、パソコンを開きながらゆっくり時間を過ごしてました。

ある日のこと。

いつもどおり、定食を食べ終わってゆっくりしていたら、対角線上の反対に座っていたオーナーのおばちゃんから声をかけられました。(このレストランのオーナーはいつも店のテーブルに座って仕事をしている)

僕ばしばらく通っていて、その店のことは知り合いを通じてよく知ってました。

オーナーに初めて声をかけられました。

「あんた何歳?」

「23です」

「はっ笑。小僧だねぇ」

改めて、確認しときますが、お互い初めての会話です。お互い知りません。

(しかも、遠くから話かけられてるから、超声がでかい)

なんか自分で今書いていて「なにこれ?ワンピースの話?」と思いそうですが、マジでガチであった話です。

僕は、意味がわかりませんでした。

意味は、わかりませんでしたが、なんとなく意味はわかりました。(何をいっているんだ笑)

ちなみに、この方はフィリピン界隈の人はすぐ分かると思います。フィリピンでビジネスを30年続けてこられたビックマムみたいな存在です。(ちなみに、見た目は巨漢で、それなのに超軽快で、髪は確か赤色だったかな。服はいつもド派手のカラフル。女性です。)

フィリピンで、ビジネスを30年やってくるということは、並大抵じゃないです。生き残るだけでも、至難の技です。というか、日本人オーナーで本当に殺される人もいるくらいの国です。殺し屋が今も普通に存在してます。ビジネス環境もまだまだグレーゾーンが多く、チャンスも多い一方で、いわば「やったもん勝ち」みたいな一面も強くあります。そんな場所で、しかも年商数億規模です。マジですごい人です。

そんな人からしたら、

23才なんて、ほんとに若造で小僧中の小僧です。

世の中のことをなんにもわかっちゃいない。

ちょうどこの頃、僕は街を歩きまわっていて毎日いろいろな光景を目の当たりにしている所でした。

初めての国ということもありますが、ぼーっとして生きてきてよく考えたら自分は「何も知らないんだな」ということを感じ始めてる時でした。

世の中にどんな人がいるのか、

どんな人がいて、何を感じて生きているのか、

どんな問題を抱えていて、なにを大事にして生きているのか、

人に関しても、実は分からないことだらけ。周りの人も実は深く知らないし、遠くの人のことも何も知らない。そして、街を歩いていても、

この建物はなにをやっているんだろうか?

この看板はなんなんだろう。

同じ商品がいろんな場所にあるけど、どういう流通経路になっているんだろう

まちのお金の流れってどうなっているんだろう

気になりはじめて、疑問を持ちはじめたら、「あれ、おれって世の中のこと何も知らないんだな」ということに気づきました。よく知っている(と思い込んでいただけの)日本では、得ることのない感覚でした。全く初めての国だったからこそ、フラットに疑問を持てて、無知を悟りました。

そんなタイミングでの、ビックマム(ってもう呼んじゃってますが)からの「小僧だねぇ」発言。

僕のぼーっとした顔がそれを言わせたのかもしれません。

まあ、普通の会話としては意味がわかりませんが、僕が言われた「小僧」という言葉には、本当にスーッと腑に落ちたというか、「その通りだな」と思ったのでした。

これが、きっかけです。

このあたりから、「あ、やばいな、成長しなきゃ、圧倒的に勉強していかなきゃな」と思うようになりました。

ちょうど、やりたい自分の方向性が見えつつあった時期でもあったのでなおさらです。

結論としては、

僕の例はあまりに突飛だと思いますが、読者の中で、仮にいま「自分の無知」や「不甲斐なさ」を少しでも感じる境遇にいる人がいれば、僕はあなたにエールを送りたい。

無知を悟るような経験は、少なからず誰にでも訪れるはぶです。そして、「何も知らない、何もできないこと」を知ることは、かならず成長の糧になります。その素直さは、とても素敵な感性であり、才能だと思います。(弱さを認められない人も多いですからね)。無知を知り、人は強くなっていくんだと思います。ここから頑張っていけば絶対に届きます。

ということで今日は、なぜ孤独になったのか?、自分の無知を知ったおかげで、成長への危機感が芽生えて努力するようになったからだよというお話でした。また明日!

余談の多い英語習得のはなし。自分が使う言葉を英作文して、すぐに使え

フこんにちは。今日あたりから少しずつプログラミング再開しました石川です。今年本気でやろうとしてる事業があるので、その準備中です。

さて、今日は「英語」ネタです。

ここ最近の調査では、習いたい大人の習い事ランキングでは、英語が一位なんだそうです。

2020のオリンピックの影響が大きいんだとか。都市圏に住んでる人は、「あれ、ここ最近異常に外国人増えてない!?」と薄々感じてると思います。

それもそのはずで、2013年には訪日外国人が1400万人くらいだったのが、いまでは年間2800万人くらいです。たった五年でいっきに倍になってます。

それに、在留外国人の数もここ数年右肩あがりです。そりゃあ、「外国人増えたな」って気がすると思います。日本の人口が減って、いよいよ経済を維持するのが厳しくなってくるので、この波はどんどん大きくなっていずれ地方にも波及していくと思います。日本で外国人の存在感は間違いなくもっと増えます。

一方で、日本人の海外旅行者数は、右肩あがりかと思いきや、意外と増えたり減ったりしてるみたいですね。長期的にみたら、海外へ行く日本人も増えるとは思います。

いずれにしても、英語ができると活動の幅が広がることは僕の経験上間違いないので、英語に興味がある人はぜひやったら良いと思います。一方で、「おれ海外全く興味ないし、日本好きなんだよね。別に外出なくて良いし」って人は別にやる必要はないと思います。「国民みんながやらなきゃいけない」みたいな空気になるのも間違いで、別に日本にいる限り必要ないのも事実ですからね。

さて、ここからは英語習得の話です。英語やらない方は読まなくても大丈夫です^ – ^

ちなみに余談ですが、言語習得は、生物学や脳科学的には男子よりも女子の方が才能があります(多分)。太古の昔から、子供を産んで子供を守るのが母親の普遍的な役目ですから、人の感情やしぐさも含めて「他人に敏感になる」、子供の危険をすぐに察知できるよう「アラートな状態」なのが女性です。これはつまり、コミュニケーション能力に長けてるということです。言語というのもどこまでいっても「コミュニケーションの手段」ですので、言語習得も女性の方がはやいです。実際ぼくが通ってた東京外国語大学も女子ばっかりでしたし、フィリピンの女性もやたらと言語習得能力が高いです。

それと、これは多分感覚的にそうだよね、という話ですが、子どもがまだちいちゃい時に多言語に触れてた人はと、(たとえ日本語一つしかできなかったとしても)大人になってから外国語を習得しやすい傾向があると思います。なので、ぼくも自分の子供には多言語を耳にする環境で育てたいなと思ってます。

すいません、余談ばっかりですね。

ここから「どうやって英語を覚えるか」という話です。

まず、最初に言いますが、「ラクして習得できる」ものではないと僕は思います。それを覚悟した方が良いかと思います。言語は、時間もかかりますし、それなりの勉強が必要です。「ラクして身につけよう」的な教材に人はすぐに飛びつくので世の中にそういうモノが増えますが、それはそれなりの成果しか出ないでしょう。まあ、何事もそうですよね。スピードラーニング1本で習得できるとか思ってるなら、それは幻想でしょう。

中身のことで言うと、まず絶対に必要なのは「単語」です。ここは、絶対に避けては通れないです。最初にやるか、あとでやるかの話なので、そうであれば最初に一気にに覚えてしまった方が学習効率が良いと思います。まずは、基本単語3000個くらいでも良いです。単語本とか単語カード使うなりして、短期集中で一気にやった方がよいです。単語を覚える時は、一つ一つ時間をかけてノートに書いて、みたいな勉強法をしてる人は変えた方が良いです。どうせ忘れるので、大事なのは触れる「回数」を増やすことです。単語本ならば、一日で全部見るくらいの勢いでいけます。それを1週間毎日繰り返すみたいな感じです。パッパッパッとめくって覚えてく。別に一回で覚える必要はないです。というか無理なので。完全に意味が浮かぶようになったらもうスキップしてokです。

とにかく、単語がわからないと意味がわからないし、どうにもならないので、ある程度一気に覚えましょう。

次は、文法について。これは何をゴールにしてるのかによります。トイックなどのテストをやるならもちろん勉強してください。逆にコミュニケーションだけが目的であれば、まあそこそこ分かってれば問題はないと思います。ただ、人間というのは生まれた時は、「感覚的」に言語習得する力がMAX状態ですが、20歳になってくにつれてその力がゼロになっていきます。そのかわり「論理的」能力が上がっていきます。

つまり、子どもはただ聴いてるだけでも自然と文法なども無意識に学びますが、大人は勉強しないと無理ってことです。文法がわかってた方が、意味も取りやすくなるし、言葉も組み立てやすくなるので、一見遠回りに見えても文法は勉強した方が早いと思います。勉強法は、どの文法本もそんなに変わりないと思うのでとにかくどれか一冊か二冊くらいは最低でもきっちりやることです。

次は、英会話について。結論から言いますが、「自分で文を作って、使う」が一番効果的だと思います。これはコミュニケーションを目的とする場合ですね。

僕は、ビジネスのリサーチもかねてですが、日本でもフィリピンでも英会話スクールを経験しました。リアルもオンラインもどちらもやってます。大学は外大なので、授業でもやってます。それでも、僕が一番効果絶大だったのが圧倒的に「フィリピンのキャバクラ」でした。

というのも、結局「スクールは所詮鳥かごの中である」という事実があるからです。教材があって、答えがあって、カリキュラムがあって、先生がいて。教室にせよマンツーマンにせよ、やる内容が決まっていて、それを勉強していきます。生徒が理解できなきゃ先生としては授業が成り立っていないことになるので、先生は生徒が「わかるように」喋るしね。それでも意味がなくはないのですが、やっぱり全てが予定調和なわけです。

カリキュラムの決まっていないフリートークや、外国の街中や、それこそフィリピンのキャバクラには、予定調和は存在しません。そこには、人と人がいて、その場の雰囲気があって、その中で会話が生まれていきます。全てがライブでつくり出されていきます。

これこれがリアルでしょ。最終的なゴールは「話す」なはずです。

実際の英会話は、定型じゃないし、予定調和でもないです。

じゃあ「海外に住んで、毎日街中に出てたらそれで喋れるようになるんか?」と言われれば、それもNOだと思います。

たとえ、ライブの空間にいたとしても、毎日同じボキャブラリーの中で言えることしか言わない、聞けることしか聞かない、という状態だと全く進歩しません。実際に、フィリピンのキャバクラに長く通っていても一向に喋れるようにならない日本人は沢山います。この目で見てきました。

ここでやっと結論ですが、話せるようになるには「自分で文を作って、すぐに使う」です。

ライブの空間の中にいると、「うわ〜これ何言ってるか理解できね〜」とか、「うわ〜、これを伝えたいんだけと、英語でなんていうんだ!クッソー」という場合が頻繁に出ます。何度も言いますがこれはライブなので、教科書に載ってるような定型でもないですし、「悔しい」感情もでかいです。「自分が使いたい」鮮度の高い言葉です。これらをそのままにせずに、その日のうちに調べて、英作文を作るわけです。別にそんなに多くなくても良いんです。1文とか、5文とかでも良い。そして、次の機会にすぐそれを使ってみる。試してみる。

これを続けていると、自然とだんだんと「話せる」ようになっていきます。当たり前です。自分が使う言葉を勉強してるんですから。僕は、タガログ語を覚えるために毎日キャバクラでこれをやってました。なので、ボキャブラリーはだいぶ偏ってますけどもw

「この方法日本でできねーじゃん!」と思われた方は、レアジョブなどのオンライン英会話を利用しても結構イケると思います。ただその場合も漫然と30分の英会話に望んでいたら効果は薄いような気がします。実際の授業よりも「準備」こそが重要なわけです。むしろ、「準備」しなかったら意味ない。自分が伝えたい言葉を英語で調べて、使う。これを繰り返せば、ある程度は喋れるようになると思います。前述したように。単語とある程度の文法は必要なので、めんどくさくてもやりましょう。その方が早いです。

以上、石川の完全なる偏見による英語習得のすすめでした。

さあ、英語やりましょう!

また明日〜

「人からどう思われるか」軸で生きる人は損をする!?

こんにちは。今年2018年に山形県の人口が、お隣の宮城県仙台市の人口に抜かれたことを知った石川です。県全体の人口が、仙台市に負けたということです。
人口が減れば、社会が衰退していくのは間違いないので、山形でもチャンスがあればなんかやりたいなーと思っています。

さて、今日はビジネスというより自己啓発っぽい内容になってしまうのですが、「人からどう思われるか」軸で生きると結構しんどいよね、という話です。昨日のSNSネタに関連する内容でもあります。

僕の基本的な思想として、「人からどう思われようが基本どうでも良い」と思って生きています。

昔からこうだったわけでは無くて、おそらくフィリピンにしばらく住んでいた時から少しずつ変化しました。

人からどう思われてもどうでも良いので、もちろん他人から何か言われても気になりません。それで悩むことはマジでゼロです。

「こうあるべき」みたいな概念が僕の中にはあまりないので、めちゃくちゃ身軽です。
「一般的であること、普通であること、みんながやっていること」という理由だけで無条件に価値を感じることは僕はありません。あくまで自分の中の価値観に沿って、自分の頭の中で考えて、良し悪しの判断をしてますし、それで毎日の日々を送ってます。

まあ、それが良いことなのか、良くないことなのかはわかりませんが、少なくとも「身軽になる」というメリットはすごい大きいと思います。

いつしかの投稿で、「生物は変化しやすいことが最強」なのではないかと書いた気がしますが、そういう意味ではめちゃくちゃ柔軟です。考えもホイホイ結構変わりますけど、好きなように生きてます。他人に左右されるということは、まずないです。

あとは、人からどう思われようが基本どうでも良いと思っているので、もちろんSNSで注目を浴びることで価値を感じることは全くないです。昔はそういう感情もありましたが、今はすっかり消え去りました。ビジネス的な観点で言えばSNSは活用すべきとは思いますが、本音だけでいうとSNSは正直価値を感じません。

あくまで、自分が好きなこと、自分だ大切だと思うことをやっていることに幸せを感じます。それができていれば、別に誰かに見てもらえなくても全然OKです。

人の目が気にならないようになるにはどうしたら良いの?と考えると、
僕の場合は、3つくらい原因があったと思います。

①レールから外れたこと

僕は大学に入って部活を引退してから、数年間休学しました。で、フィリピンに行きました。留学でもワーホリでもないです。ただ、行って1年半ぐらいいました。夜遊びガイドなんかもしましたw。

まあ、目的があってフィリピンに滞在してたのですが、この経験がよかったです。いわゆる「普通ではなくなる」という経験です。

効用は、一言で言うと「慣れ」ですかね。

一度「普通ではない」状態に実際になってみると、多くの人が進む道から外れることによって、周りの目が気にならなくなってくるという影響があるのではないかと思ってます。考え方を変えるより、まず行動から入れっちゅう話ですね。

②ある人物の影響

もう一つが、ある人物の影響でした。フィリピンに住んでた時に一人だけ日本人とつるんでいた(というか一緒に住んでた)のですが、この人が強烈な人でした。年はめっちゃ離れていて30代後半の大人でしが、とにかく自由に生きていて、固定概念というものが存在しない人でした。
こんなに楽しそうに生きてる大人を僕は初めて見ました。この人が、夜遊びガイドの師匠ですw。

「普通」に生きてきた僕の人生の中では、まず会ったことのない人でした。
彼こそが「人からどう思われようがどうでも良い」生き方そのもので、僕にはとても美しく映りました。

一緒にいる人物の影響というのはものすごく大きいので、こういう師を見つけるはとても有意義だと思います。
しばらく連絡を取ってないので、今何してるのか、というか生きているのかすら分かりませんが、また面白い変なことをしてると思います。

③キャバクラのダサい客

ここも影響としてでかかったです。
一時期夜遊びガイドをしてたので、とにかく毎日いろんな店に行っていろんな光景を見てきました。

キャバクラというのは、無条件で大事にしてくれる、ちやほやしてくれる、優しくしてくれる場所です。否定されることがない、全肯定状態、その人が主役になれる、そんな素敵な場所ですw。

フィリピンにも日本人のお客さんがたくさん来ます。それで、ガイドもしていて一番ぼれるお客さんは虚栄心の強い人です。

誰もが基本的に気持ちよくなれる場所ですが、見栄っ張りの人は特に満足できます。こういう人にお金を出させるのは超簡単です。
(ちなみに、僕はボッタクってないですからね。お店にお金が沢山落ちることによって女の子たちが潤います)

「これがこの店で一番高いっすよ」
「これ頼むと女の子がみんな喜びます」とか色んな言葉でくすぐると簡単に散財してくれます。

彼らは、その「モノ」を買うわけではなく、「見栄」を買うわけなので、値段はむしろ高ければ高いほど良いです。
店側も、高いメニューが注文されると、そのメニュー限定の掛け声と踊りを女の子全員でやったりなどの「演出」がされます。
リングザベルと言って、ベルを鳴らすと、その店にいる全員に一杯奢る制度とかもあったりします。
彼らが買っているのは「見栄」なので、値段は高いほど良いし(他の人には買えないから)、演出は派手であればあるほど良い(他の人にも伝わるから)です。店側も分かっているので、用意周到に見栄をくすぐる仕組みが備えられているわけです。

話がそれましたが、虚栄心が強い人は「人からどう思われるか」軸で生きてる人だと思います。すごいと思ってもらいたい、逆に人から認められないのは嫌って人です。

この気持ちが強すぎる人は損をするんだなとということをこの目で見て来たし、何よりダセーなと思いました。その辺りから、周りを見るのはやめよう。自分の軸で行こうと思うようになったのでした。

ということで、今日は「人からどう思われるか」軸で生きるかどうかという話でした。

これだけ周りの目が可視化される世の中になっているからこそ、「人からどう思われるか」を評価軸として一喜一憂すると結構きつい時代なんじゃないかなと思います。そこから抜け出して周りを気にせず生きてく道もあるよねというお話でした。

また明日です。

フィリピンのクリスマス文化

こんにちは。

年末は同じようなテレビ番組でばかりで飽きてきた石川です。昼間にやってるお散歩番組が楽しめるようになったことに気づき、とうとう歳をとったのかな猛烈な危機感を感じてます。

さて、今日はクリスマスなので、フィリピンのクリスマス事情を少しご紹介します。

フィリピンは、キリスト教文化なのでクリスマスは盛大に祝います。

まず期間が圧倒的に長いです。

大体10月くらいから、いわゆるクリスマスムードが始まる感じだと思います。

日本と同じようにあちこちでイルミネーションがなされます。

貧富の差がとても激しい国なので、歩くエリアによってイルミネーションの様子も違います。金持ちは異常にお金をかける人もいます。

「え、なにこれマジで?」というレベルのイルミネーションにでくわすことも少なくありません。持ってる人は超お金を持ってます。

大部分のけっしてお金持ちではない人でも派手にイルミネーションをかざる人も多いです。まあ、安いですしね。

お金がなくても、イベントごとにはきちんとお金を使うのがフィリピン流です。日本とは違う空気を感じます。

クリスマスには、プレゼントもあります。

クリスマス当日には、近所中、親戚中の人が集まってパーティーをします。街のあちこちでみられるので、ほとんどの人がやってるんじゃないでしょうか。

こんな感じで、家の前の路上でやることが多いです。

ビールを買ってきて、朝方まで騒ぎます。

僕もフィリピンにいる時は、空が明るくなるまで飲んでました。

歌がみんな好きな国民なので、カラオケをレンタルして朝まで歌ってる家も多いです。「レンタルする」の意味がわかんないかと思いますが、カラオケボックスにある、あのカラオケ機械をレンタルして家に持ってきて、家の前で歌うということです。はい、意味不明です。
外なのでもちろんうるせーのですが、それが許されるのがフィリピンの良さです。最高っす。

集まったパーティーでは、親や祖父母や親戚から子どもへ、20ペソ札がたくさん入った赤い封筒がプレゼントされます。これは中国圏の文化ですね。お小遣い程度の額ですが、子供にとっては大金です。

プレゼントをもらうのは子供だけではありません。おじさんから大人へプレゼントが渡されることもあります。大の大人が、兄弟姉妹でプレゼントを取り合ったり、なんてこともありますね。

クリスマスが近くなると子供達は近所を歩きまわって、「thank you thank you ang mabait ninyo♪」(ご親切にありがとう!)などと歌いながら、プレゼントや赤い封筒を求めてあちこち回ります。僕も家の近くの酒場で飲んでいると、何度か子供達が来てせがまれました笑。

別に何もあげなくても楽しそうにしてるのですが、少しあげるととんでなく無垢に喜びます。

面白いなと思うのは、「お金が全然ない家庭でもきちんとお金を使って楽しむ」という所です。

冗談じゃなく、全財産を使うぐらいの勢いで使います。まだまだ、その日暮らしで生活しているる家庭が大部分をしめる国ですからね。

日本人であれば、「え、貯金した方が良いんじゃないの?」との発想に即座になりそうな所ですが、んーどうなんでしょうね。幸福の問題なので、一概には結論づけられない話だと思います。
少なくともクリスマスのその瞬間を楽しむ力は、フィリピンには到底かなわねーなと思ったのでした。フィリピンの「その瞬間を楽しむ力」はハンバじゃねーです。マジで楽しいです。みんな幸せそうにしてます。

日本にばかりいると、こういう異文化に触れることはなかなかないので紹介してみました。いろんな生き方があるんだよってことですね。

てなことで、今日は海外の小話でした。

また明日〜。

本物の「グローバル人材」になろう

昨今の世の中では、「グローバル人材」という言葉が様々な所で飛び交っていますね。

筆者は、大学が外国語系の学校だったので授業でも何度もこの言葉も耳にしました。

「これからの時代、多文化を受け入れることが求められる!」と。

ただし、この言葉の意味を、僕は遊びの中で学びこととなりました。

筆者は、大学休学中にフィリピンに住んでいました。

フィリピンは、場所にもよりますがアジアの中では治安は悪い方に入ります。

たまたま向こうで出会った師匠がいて、僕も旅行ガイドとしてアテンドもしていたので、日本人の旅行客にもたくさん会いました。また、フィリピンに住んでいる日本人もたくさんいます。

その中でよく聞いたのは、フィリピンの悪口を言う人。

「カネを取られた」

「だまされた」

「サービスが悪すぎる」

「ありえない」

怒るポイントは確かに山程あります。

筆者も住んでいたので、もちろん気持ちはよく分かります。

気持ちはよく分かりますが、「それを口に出すのはおかしいでしょ」といつも思っていました。

◆それは、”僕の”ミスだった

フィリピンに滞在中、ぼくは毎日街を歩き回っていました。

せっかく住んで、いろいろと勉強したかったので、かなりいろんな所を歩き回りました。

昼も、夜も、深夜の3時とかでも平気で毎日歩いてました。

ただし、安全だけは最大限気をつけて。なぜなら、リスクが沢山存在する国だからです。

なので、情報だけは事前にきちんと集めて、リスクヘッジをした上で、遊びまわっていました。

しかし、一度失敗したことがあります。

場所は、とある観光向けのバー。外国人が沢山いく所で、ナンパスポットになっている場所です。

結論、僕は睡眠薬を飲まされて48時間ぐらい目が開かない状態になりました

まあ、びっくりしましたね(笑)薬の種類はよくわからないけど本当にびっくりするぐらい効いて、よく寝ました笑。人間ってこんなに寝れるもんなんだってことが分かりました。

コトの顛末をお話しすると、このバーには当然もう何回も行っていた場所でこなれた所でした。

もちろん、店で起きうるトラブルのパターンも知っていますし、回避すること、してはいけないことなんかも心得ていたつもりです。

しかし、これが良くなかった。

慣れた時というのが一番危ないんですね。

その日お姉さんとお話ししていた時に、席を移動したんですよね。

その時に一瞬飲み物をもたせてしまって、その隙にポチャンと入れられたって言う話です。バカみたいですが。

でもまさか店の中で堂々とやるとは思っていなくて、油断しました。

結局何が言いたいかというと、

それは「完全に僕のミス」だったということです。

ここが、ポイントです。

というか、ベテランの人にも色々教えてもらって、夜な夜な自分でも歩き回っていたので分かりますが、トラブルに合っている日本人の99%は、自分で引き起こしたものなんですよね。

◆現地には現地のルールがある 

ちなみに、バーに限らずとも、睡眠薬をいれるというのは現地の常套手段です。

昔はタクシードライバーとかもよく使っていました。

(もちろん、やるのはほんの一部ですからね。その点は勘違いしないでください。)

睡眠薬以外の手段でも、例えば、居酒屋やバーで、わざと読めないぐらい汚い数字で伝票を書いて(向こうではサインする形式です)、いざ支払う時になって「いやこれちがういくらだよ」と言って高値を請求したりとか。

とにかくまあ手口は本当にいろいろあります。

つまり、これが現地のやり方なんです。

睡眠薬をやる人もいれば、ガイドの振りをしてだます人もいれば、泥棒をやる人もいます。

特に、メシを食っていけるだけの仕事が足りてない国なので、お金を稼ぐためには、こういう手段を取る人も結構な割合で出てきます。

これは、社会の仕組みであって、生活していくだけの労働賃金が足りていないことの必然的な結果です。

誤解を恐れずに言えば、

ある意味、これも一つの文化なんです。

現地には現地のやり方があるし、ルールがあります。

極端な話、バーで寝てたりすると、フィリピン人であってもボラれることは普通にありますからね。

それなのに日本人は、
「バーで飲み過ぎて(クスリじゃなくて普通に)居眠りしてしまった。起きたらいっぱいグラスが空いててとんでもない額を請求された。くそーフィリピンって最悪だよ」
という調子で、武勇伝まじりに、平気で悪口を言いふらすわけです。

いやいや、悪いのは自分でしょ、と筆者は思うわけです。

それは、あくまで”あなたの失敗”ですよと。

僕の場合もそうです。

訪れたナンパバーとはそういう場所です。

そもそも遊びに行かなければ全部防げます。もちろんすべての飲み屋でそんなことが起きるわけでは全くありませんから。そこには、そこ特有のルールややり方が存在するのです。そのルールの中で遊ばなければいけないのです。

例えば、スリとかの場合とかもそうですよ。

スリに遭うのは、服装がおしゃれで目立つものだったとか、スマホが鞄から見えてたとか、そいつがアホそうだったとか(うそじゃないよ)

被害にあうには、狙われるだけの理由があるからです。

って、スリの友達が言ってましたから。

彼らは、泥棒を生業としてるプロですからね。(もちろん、彼らの行為を肯定しているわけではないです。)

逆に、情報を沢山集めて、気を付けてさえいれば、治安のあまり良くない場所であっても、大抵あぶない目には遭いません。

本当に危ない場所と、行っても大丈夫な場所の線引きはもちろん必要ですが。

少なくない日本人が、何かムカつくことがあった時にそれを全部国のせいにしてしまいます。

それは、自分の国の”当たり前”をその国におしつけているからです。

そこを”日本だ”と勘違いしているからです。

この人は、相手の国のやり方やルールを理解しようとしていません。

これは、国際感覚がない人です。

僕たちはあくまで”よそ者”です。

その国に行って、

”遊ばせてもらっている”

”ビジネスをさせてもらっている”

そういう感覚が絶対的に必要なんです。これはものすごく重要です。

そうでなければ、遊びでもビジネスでも痛い目に合います。

まず自分の国の”当たり前”を当てはめずに現地のやり方やルールを受け入れようとする姿勢が必要です。

「郷に入れば郷に従え」とはよく言ったものですが、果たしてその深淵を理解している人はどれだけいるでしょうか?

そんなの知っているよと思うかもしれませんが、これが意外と難しいのです。

筆者は外国語系の大学にいましたが、海外ローカルに長期間溶け込み、失敗を重ねて、睡眠薬で眠らされて初めて学びました。

「多文化を受け入れること」の本当の意味とは、そういうことなのです。