大学に行く意味はあるのか?

おはようございます。石川です。今日は前置きが長いです。

ふと、思い出しまして、、、
僕が通ってた大学は東京外大なんですが、外大にはボート大会というのがあります。1年生の時に全員参加するイベントでして、学部対抗のボートレースです。埼玉の競技場までいってやる、わりとガチ目のやつです。ボートの上に漕ぐ人が4人、かけ声かける人が1人の計5人乗って、中距離を漕いで競います。

今が形態が変わってしまったようですが、当時の外大には、二十数個の学部
(ちなみに当時、外大では学部=選考語になる。英語科、チャイ科(中国語のことね)、スペ科、ラオ科(ラオスね)みたいな)
があって、学部対抗でレースをするわけです。

外大って、そもそも男子が少なくて女子ばっかの学校なんですよね。それで、英語科などのメジャー言語の学部は全体の人数がまあ多いので、わりと男子も存在しますが、僕がいたフィリピン語科みたいなマイナー言語は全体で20人とかなんで男子は必然的に超少ないんですよね。

当時、僕らの学部は男子が5人しかいなかったので、必然的に選抜なしの全員出場でした。やったーw。もちろん、他の学部は体育会系を集めて選抜した5人で戦ってくるわけです。

ですが、結論からいうとその年僕たちは優勝しちゃいました。二十数個学部がある中で一番とりました。
ちなみに、メンバーは、「けいおんサークルのぽっちゃり、ギター野郎のイケメン、陸上部の優等生、バスケ部の俺、パチンコ大好きニート」の5人でした。

もちろんボートなんてみんな初めてでしたが、我ながら自分らはめちゃくちゃ早かったです。
あの時の水面を駆け抜ける爽快感を思い出してしまって、今書いています。
なぜか、5人の息がぴったりあってしまって、決勝まで進み、最後までぶっちぎりで勝ってしまいました。
しかも僕らは全然勝つ気なんかないゆる〜い5人だったので、試合当日の朝、1回戦の点呼の時ギリギリで到着して失格になる寸前だったんですよね。「フィリピン語科〜フィリピン語科〜いますか〜?いないの?、、、、は〜〜〜い、今キマシター!」みたいな。

っていうすみません、本当にただの思い出話でした。ごめんなさい(>人<;)

ここから無理やり中身のある話に変えると、
僕が大学に行った時の思い出ってこんなことしかなくて、何か人間的に成長したみたいなことってほぼ無いような気がします。
(もちろんこれはこれで、かけがえのない青春時代なんだけど)

つまり、わざわざ
①思い出づくり
②大卒という資格を取得する
この二点を得るために大学に学費と時間を使うことって合理的なんだろうか?と僕はとても疑問に思っています。

みんな「よし勉強するぞ」と思って大学に一度は入ると思うのですが、今の日本の現状だとほとんどの大学生は遊んでます。(少なくとも僕が学生の時はそうだったよ。数年前ぐらい)

これといってやりたいことも決まっていないので大学に行く、言い換えると「未来の選択肢を先延ばしにする」ために大学に行っている人が多数派なので、
「特に明確な目的が無い=ただ遊んで卒業する」という学生の方が多いです。僕の目から見てですけど。もっと突っ込んでいうと、遊んでいたり、大学の中だけで生活していると大抵「自分と向き合う」ってことをしないので、やりたいこともはっきりしないまま就職活動の時期がきます。
それが、特に悪いこととは思いませんが「もったいないな」とは思います。別の生き方、別の道があるんじゃないのかなって。

大学って、国立だと年間60万とか、私立だと年間100万以上するわけで、それが4年間続く訳ですよね。本当に日本中の親御さんには頭が上がりません。自分で学費を稼いでいる学生もすごい根性だなと尊敬します。しかも休学とかしても私立だとお金取られるとこも多いですからね。まじかよって感じですよね。
また、奨学金を使って進学する人もかなり多いので、それもよく考えた方がいいと思います。「他のみんなもそうしているから」と行って、それが正しい理由なんてどこにも無いですからね。

絶対大企業行きたいみたいな人や、これ学びたいって明確な目的がある人は大学へ行って良いと思います。

しかし、目的もなく大学に行くくらいなら、1年か2年、他の選択肢を考えてみるのもアリだと思います。
1年間まるまる自由があって、しかも仮に100万使えるとしたら、だいぶ冒険できるでしょう。いざ、就職するにしても大卒じゃなくても就職できるとこは探せばあると思いますしね。

以上、大学進学という進路に関するお話でした。(まとめたw)
僕は大学を進んだ(中退したけど)人間であって、自分で今言ったような道は経験していないので無責任なところもあると思いますが、大真面目にそう思っています。僕の息子もでかくなって、もしまだ何も見つかっていなければ、大学進学ではなく他の冒険する選択肢を一緒に考えてみると思います笑
選択肢が色々広がっている時代ですからね。

今日はこれにて失礼します。いつもありがとうございます。
また明日!

プログラマーになって起業する

こんにちは。
毎月1日になるとなぜかやる気が湧いてくる石川です。

プロスポーツ選手とかもそうなんでしょうけど、モチベーションや調子には必ず”ブレ”があって、ブレ幅を小さくすることと、底をついた時でも高いレベルでいられるように全体のレベルをあげることがプロと素人の違いなんだろうな〜と思います。

さて、今日もビジネスのお話です。

実は、僕は去年にプログラミングを覚えました。

僕がプログラミングを覚えようと思った理由は一つで、「挑戦のコスト」を下げるためです。説明します。

僕は、過去に何度か事業に挑戦して失敗したことがあります。

ちなみに、ビジネススクールに行った後にも事業に挑戦しましたが、見事に撃沈しました。

実際に、自分の膝を擦りむいてよーくわかったことなのですが、新しく事業を起こして軌道に載せることは、そう簡単ではないと僕は思っています。

この一点を頑張れば良いなんて、そんなあまいものではなく、あらゆる要素を揃えていかなければ成功することはできません。

僕は、いつも芸術に例えて話をするのですが、
スタートアップと芸術は非常に共通点があると思います。

僕は、抜刀術というのをやっています。

抜刀術とは、真剣の日本刀で、わらを人に見たてて実際にわらを切る武道です。

はたから見ると、とてもシンプルに見えたりするのですが、”美しい”一刀を入れるためにはとんでもない修行が必要です。

日本刀は、ものすごく洗練されて作られているので、力があれば誰でも「切る」だけであれば簡単です。

でも、”美しく”切ることが難しい。

達人と素人の一刀は全然違います。その違いも素人目にはわかりませんが、修行すればするほど違いを理解できるようになってきます。これは、次元が違うなと。

たった一振りの一刀には、あらゆる要素が影響します。

刀を振り下ろす角度、刃の角度、刀を振り落とすスピード、間合い、目線の位置、顎の位置、重心の置き所、集中力、精神状態・・・

とにかく、キリがありません。あらゆる要素が「成果」に影響してきて、その全てで完璧を目指さなきゃいけない。そうしてくり出される達人の一刀は、空気感、キレ筋、全てが完璧でまさに見事です。そこには、言葉には表せない暗黙知もたくさんあります。

スタートアップの場合も一緒で、あらゆる要素が成功に関わってきます。

ビジネスモデル、人、金、タイミング、社会環境・・・
細かく落として上げていったら本当にキリがないです。

成功者は、いくつか影響した要因の中で(”自分が”重要と思っている)いくつかを抽出して語っているに過ぎません。実際は、その裏にあらゆる要素が含まれており、結果に影響するわけです。本来ならば、何もかも完コピしない限りは同じような結果は出ないはずです。でも、やる人も違えば、時代のタイミング、環境も違うわけなので、事業において全て完コピするのは無理な話です。

この話で僕が言いたいのは、成功確率を極めて高く上げていくことは、「百戦錬磨の起業家でなければできない」ということです。

つまり、そうであるならば(=成功確率をあげることに限界があるならば)
「挑戦の回数」を増やすしかないということになります。

その文脈で考えると、
プログラミングをやって「サービスを自分で作れるようになる」というのは、一つ合理的な戦略ではあると考えています。

あくまでwebサービス系でいく場合の話にはなりますが、
一つ大きなサイトやアプリを作ったりするのに、外注すると普通に数百万かかったりもします。

一回の挑戦でこれだけ金を使ってしまうのは、結構リスクがでかいと思います。
大体の起業家が意気揚々と「このビジネス絶対いけるっしょ」な感じで行きますが、まじで失敗もしますので「挑戦のコストをどうやったら下げられるか」というのは一つ視点として持って置いた方が良いんじゃないかと思います。

ということで、もしweb関連で起業したいなってかたは、まずプログラミングをやって見るのも一つの選択肢としてアリですね。

起業とプログラミングのお話でした。
今日はこの辺で失礼します。また明日!

自責と他責

おはようございます。石川です。

実はこのブログサイト自体は、結構前になんとなく作ったもので、毎日記事を更新するようになったのは最近です。病院生活になったきっかけで、スマホで毎日ガシガシブログを書くようになりました。楽しいので続けています。

さて、

今日の話は、本をよく読まれる方は100%聞いたことのある話だと思います。よって、そんな方は今日の内容は、読まなくて大丈夫です^ ^笑

一つ、人生を生きていく上で「自責であるか、他責であるか」というのは大きな大きな要点になると思っています。

早い話が、何かあった、失敗した時に人のせいにするか、自分のせいにするかって話です。

僕は、しばらくweb業界で仕事してますが、チームでwebサイトの運用をしてたことが何度かあります。

割と影響度の大きめのサイトなどでは、レギュレーションルールというのが定められていて、公序良俗に違反したものや、そのサイトの色に合わない記事やコンテンツは弾かれるように運用されます。

僕らのチームでもそんな感じの運用をしていました。
ある日のこと、そのレギュレーションルールに違反した内容のコンテンツがそのまま掲載されてしまったということがおきました。二重、三重のチェック体制が敷かれているものの、運用初期などではこうした問題も少なからず出てきます。

何か問題が発生した時には、僕はチェックを行った人間に話を聞いていくわけですが、「いや、そんなチェック項目はなかったし、何も言われていないので、良いのかなと思ってそのまま通した」と行った主旨で話をする場合が多々あります。これは、多くの人に見られる傾向だと僕は思っています。まあ、業界を問わず、作業工程を組んでいる現場では、よくある話だと思います。

自責であるか、他責であるか、

の分かれ目はこういう問題がおきた時です。

全ての失敗に置いて、誰かが100%悪い、逆に言えば、誰かは100%悪くない、という話は無いと僕は考えています。

全員の問題であり、全員にできること(=何か変えられること)がどんなケースでも絶対にあるはずです。それが無いと思っているのならば、それは想像力不足ですし、他責の傾向があります。

他責であるということは、「失敗を他の誰かや、周りの環境のせいにする」ということです。

これでは、自分の行動は変わっていきませんので成長が遅くなります。

自責である人間は違います。

たとえ自分の失敗には見えない時でも
「いや、これは僕が”このコンテンツはルールに反するかもしれないな”と感じて、先回りして報告すればよかったかな。すみません!」
まずは人のせいにせず、自分に何かできることがなかったのかを口にします。

そういう人間は、放っておいても周囲から一目置かれる存在になっていきます。僕も、一緒に働く中で「他責から自責」思考に変わって、リーダー格へ変わっていく人間を見てきました。
自責の人間は、言葉にも説得力を帯び始めるので、「次からこうしてみようね」と誰かにお願いすることもしやすくなります。

仕事に限らず、恋愛でもそうでしょう。

喧嘩した時、意見が対立した時、
「ごめんね、僕がこうだから悪かったね」
と、先に言える人間は強いと思います。そういう姿勢は、相手をも納得させます。

他責から自責へと変わることは、

子供から大人へと変わることであり、
部分から全体を見れるようになることであり、
一員からリーダーへと変わっていくことです。

ということで、今日は「自責と他責」のお話dでした。
また明日!

ベンチャー立ち上がりの経営者が気をつけたいことは「思考の時間」を確保すること

おはようございます。最近なぜか沖縄に無性にいきたいと思っている石川です。まだ行ったことないので、沖縄の海と島を見てみたいです。それと、北海道にも行きたいなー。

さて、今日はビジネスの話です。

これから新しく事業を立ち上げようとしている方、
もしくは、
今事業を立ち上げている真っ最中の方に向けたお話です。

私も、今webサービスを作っていてちょっと遅れていますが、2月中には出して行きたいと思っています。

僕は、元ベンチャー役員として働いていたので一度起業のプロセスを経験しています。

起業に携わる前に、ビジネススクールに1年間がっつり通ってたりもしました。

これ意外と気がつかないのですが、基本的にはビジネススクールで教わるのは、「事業が立ち上がった後の話」であって、「事業を売っていくまでの話」ではないことが多いです。

そして、ベンチャーが一番むずいのは、本当に最初の最初です。いかにして売っていくか、の部分。営業の部分です。大半の事業が、軌道にのるまでが上手くいかずにストップするか方向転換を強いられます。

そのプロセスの中で、経営者の時間配分は結構重要で、
一番間違いなく確保しなければいけないのは「思考の時間」だと考えています。つまり、会社について、事業戦略について考える時間です。

「え、そんなの当たり前じゃね?」と思われるかもしれませんが、ところがどっこい。気がついたら(気がつかないことが多いけど)、実行者となって作業している時間がほとんど占めている経営者が多いと思います。

グーグルカレンダーとかで、時間の使い方を事細かに記録してみたら「考えてる時間」はおそらく相当少ないはずです。試しにやってみて。

本来は、時間をかけなきゃいけないのはここです。

わざわざお金を払ってコンサルに頼まなくても、自分で考える時間さえ確保して思考量を上げていけば、必ず筋の良い戦略は見つかっていくものだと思っています。

どうしても真面目な人が多いので、やらなきゃ進めなきゃと思って、寝ず食わずで一生懸命働くのはすごくわかります。ですが、作業を滞らせてでも「思考の時間」は確保していかないと、長期的にみたときに事業のためにならないと思っています。

自分に言い聞かせる意味でも、気をつけたいところですね。

ということで今日はここまで。また明日!

解は一つじゃない

こんにちは、夕方での投稿ですみません石川です。

そういえば、数年前からTSUTAYAで自動で会計する機会を見かけるようになってますが、まさか、こんな田舎の街でも導入されてるなんでビックらしました。

まだ使い方も完全には浸透していないようで、東京に比べて、普通に店員がいるレジに列を作って並んでる人も多いです。使い方がわからなくて結局店員が機会の使い方を教えてるシーンもちらほら。。。余計大変じゃね!?と思いそうですが、こういうのは導入期こそイニシャルコストが上がるものの、一回浸透してしまえばおそらくコストは減りますね。気長に待ちましょう。

さて、
ふと思い出したことがあります。

僕は、学生時代まだ部活動をやっていた時期に「社会起業大学」というビジネススクール的な所に少しだけ通ってたことがあります。週末だけやってたプチ講座コースみたいなのがあってそれに通ってました。(相当前なので今の形態とだいぶ違うと思うけど)

そこで、確か僕は講師に
「将来結婚したら、ビジネスと家庭の両立が心配なんですが、どうしたらいいのでしょうか?」
という、なんとも抽象的な(しかも授業の内容と全く関係ない)アホくさい質問をしたことを思い出しました。

確か答えは、
「その時その時で、最善を探していくしかないと思います」
って返していただきました。

最近になって、やっと意味がわかりました。
本当にその通りだと思います。

というのも、
状況の誰にとっても異なっているので、
「こうしたら上手くいきますよ」なんて万能な答えはないじゃないかと思います。

結婚生活、子育て、職場、全部そうで、人によって取り巻かれてる環境もあなたやあなたの周囲にいる人のパーソナリティーも違うので、”最善”の答えは結局自分で見つけていくしかないんだろうな思ってます。人にアドバイスを求めるもんじゃない。

受験勉強とかもそうですよね。
もう少しで2次試験の季節ですね。僕も1年間浪人を経験してことがあって分かったことがあるのですが、受験で強いのは「勉強方法を見つけられる」人間です。
成功するのは、頭が良い人、根性でめちゃくちゃ努力できる人、ではないです。勉強の効率が良い人です。
つまり、失敗するのは勉強の効率が悪いから。

少なくとも大学受験レベルであれば、正しいやり方で持って、大量の勉強時間を投入すれば、誰でもかなりの高確率で結果を出せるものだと思います。

ただ、この”正しいやり方”というのが、全員共通ではないというか、一人一人性格と才能は違うので、”正しいやり方”も人の数だけあるんだよ、が僕の考えです。

つまり、自分で見つけていかなくちゃいけない。

だから結局、現状を「分析」して、「解決法」を考え、「実行」していくというプロセスを経ていくしか無いんだろうと思っています。

これってビジネスそのものですよね。

本質は、なんでも一緒だと思います。家族関係も、仕事も、受験勉強も。

だから、浪人生活において、先生の言われた通りにしか出来ない人間は、自分でやり方を考えていく、試していくことをしないので結果が出ずらかったりします。
(運よく先生の言うやり方が自分に合致すれば良いですけどね)

挙げ句の果てに、ランキング上位に来てる奴が授業にあまり出ていなかったり、猛烈に勉強してるようには見えなかったりする奴がいるので、「なんでアイツが!チクショー。やっぱ頭の良いやつは良いよな」とか才能のおかげだと思うわけです。いやいや違います、工夫してるだけです。勉強の効率が良いのです。

あれ、なんの話だっけ。

あ、そう最近の私は、夫婦関係と子育てにおいて、毎日いろんな苦悩に巡り合う度に、”最善”を考えています。

それで、十年前くらいに言われた
「その時その時で、最善を探していくしかないんだよ」
の意味が今になって良く分かったというお話でした。

今日はこれにて。
また明日!

後払いシステムが増えてきたけど、これってどうなの?

こんにちは、グーグル系のサービスは久しぶりに触るたびに新しい機能が増えていて、ほんとヤベーなと思っている石川です。

さて、

僕は、たまにメルカリを使っているのですがここ最近新しい機能が増えました。

それは、「後払い」です。

メルカリで買いたい商品を選択して購入ページにいくと、支払い金額のすぐ下に
「〇月○日までの後払いで今すぐ購入OK」
という文字が出てくるようになりました。目立つのでわかります。

もしかしたら僕が気づいていなかっただけで、後払い機能自体はこれまであったのかもしれないですが、「購入まで至るフローで誰もが見える箇所に追加」されました。

この「後払い」なのですが、需要としては結構大きいと思います。

前にとあるwebサービスを運営していた時に、後払いシステムの導入を検討したことがありました。というのも、後払いを求めるお客さんがちらほらいたからです。

後払いシステム代行を専門にしているビジネスもあるくらいなので、その需要の大きさがうかがえます。まあ、後払いを普段使わない人にとっては、まじで!?と思うような事実なのかもしれないですね。結構いるんです。

一方で、未収のお客さん(払わない確信犯or払えなくなる人)も少なくない割合で存在していて、そのお客さんに対してきちんと払ってもらえるよう「催促」する運用体制も重要にはなってきます。僕も、「払ってください!」って電話したことがあります笑。貴重な体験でした。(未収になる割合は、そのサービスの顧客性質にもよります)

ビジネスとしては、需要があって、運用コストに見合うだけの見返りがあるならば、
(翻訳すると、「後払いを導入したことで増える売上」-「後払いシステムにかかる運用コスト」=正になるならば)
後払いを導入することは正解だとは思います。

一時期前に、ゾゾタウンの前澤さんがツケ払いを導入したことがだいぶ話題になりましたね。もちろん、あれ以前にも後払い対応しているビジネスは多々ありましたが、影響としては大きかったと思います。あれから数年で後払いが一気に増えたな〜という印象を持ちます。メルカリも然り。

ただ、個人的にはこの後払いシステムはあまり美しい形ではないなーと考えています。

後払いとは、
「今手元に払えるだけの余裕資金がない。でも、それが欲しい」ということです。

使う層は、お金が有り余っている層ではないはずです。

さらに、勉強や体験など何か将来への投資として後払いで購入するならまだしも、おそらくほとんどがそうではないはずです。”今欲しいもの”を買っているはずです。

僕は、ビジネスにせよ寄付にせよどんな形であれ、「相手からお金をいただくという行為」は、「相手の体力を削る行為」だと考えています。だから、事業者はそのことに対して責任を持つべきであると思っています。そんなでは甘っちょろくて死ぬわ!という、ビジネスマンからの叱咤が飛んできそうですが。

お金をいただくということは、基本的にはそのお金はその人が働いて稼いだお金から出ています。「労働」からお金が捻出されています。
さっき言った通り、後払いを使っている層は、お金が有り余っている層ではないので、余計その色が強いはずです。自分の時間を売って働いて、お金を稼いでいる人たちです。

後払いまでして、「現在」の欲を満たすために商品を買う。ツケを払うために「未来」の労働が約束されます。
給料日を待っている場合も同じで、ツケ払いしてなければ出て行かずに手元に残ります。
それは、もし後払いが存在しなければ、本来使うことのなかったお金かもしれません。どうなんでしょうか。

今話しているのは、ビジネスとしてより人間としてどっちが良いのだろうという話です。

ビジネスとしては、導入することがおそらく正解なんだろうと思います。
ただ、人として考えたらどちらが素敵な形なのかな?というのは事業者としても考えてみる価値がある問いかけかと思います。

以上、今日は後払いビジネスに関するお話でした。
また明日!

嵐大野くんの「自由が欲しい」が次の何かを生む

こんにちは。予約投稿の日にちを1日間違えていることに気づいた石川です。そのせいで時間が昼になってしまいました。
最近、弁護士もののドラマがやたらに多いような気がしていて、おそらく十年後とかに弁護士になる人が出てくるような気がしています。テレビが子供に与える影響はでかいですからね。目指す人が増えそうです。

さて、昨日は嵐の2020年での活動休止が発表されました。

個人的には、夜ニュースでやっていた記者会見を見ていたのですが、個人的には面白い流れだな〜と思っています。

活動休止の理由としては、
要はリーダーの大野くんが「自由が欲しい」ってなことで、その意見に対して他のメンバーも尊重して受け入れたっちゅう話ですね。

十代の頃に芸能界に入って、そこから20年以上ずーっとそれしかやってこなかったわけですから、そりゃそうだよなと思います。人生一回しかないわけで。

昨日会見で印象的だったコメントは、大野くんだけじゃなくて、他のメンバーもみんな「将来のこと、先のことは具体的にまだ考えていない」というニュアンスで喋っていたことです。それも全員です。

これは、一つの要員として「忙しすぎる」ことがあると思います。それは裏返せば、人気であることと同義なので、とても幸せなことであるかもしれないですが、毎日一線で突っ走っている彼らに取ってはゆったりした時間なんてないはずです。それも十代からずっとです。

古代のギリシアとかで哲学が栄えた大きな要員の一つは、「戦争が落ちついていて、暇だった」ことがあると思います。毎日戦いに備えて武器を作ったり、訓練ばかりしてたら忙しくて、頭をぼーっと働かせる哲学なんて無意味なことはできなかったわけです。つまり、「余裕」があるということは、他の価値ある何かを生む可能性があります。

今回、国民的アイドルである嵐がこのような決断をしたという意味で、僕は面白いなと思ったし、時代的にそういう流れにいくよねと感じます。

ひと昔前みたいに、人生はもはや単線型ではありません。一度その職業についたらずっとそうあるのが当然、みたいな空気はかなり変わってきています。

実際に将来の選択肢もたくさんあって、生き方に意味を見つけていく。そんな時代です。

嵐のメンバーはそれぞれ多才なので、休止した後もそれぞれ今とは違った形で人生を送っていくことになりますよね。それは、それですごく面白いことだと思います。

機会損失という考え方があって、「ある選択をした場合に、失ってしまう隠された選択肢」のことを指します。

つまり、このまま嵐として活動し続けること選択をしたら、大きな機会損失があるわけです。それは、画家になる道を失うことかもしれないし、釣りをする時間を失うことかもしれないし、一般人としての普通の生活を送れないままおじいちゃんになっていくことかもしれません。とにかくいろんな選択肢を失ってします。(でもこれは、意図して考えてみないと気づかないものですね。何の機会を失っているのか)

いろんな機会損失を考えたら、大野くんは勇気のある決断だったと思います。人生ゲームのように一旦振り出しに戻って、また歩み出す道は無数にあるはずです。

世の中的に、今後もゆっくりそういう流れになっていくと思います。

忙しいなと思っているあなた。

あなたもあまり単線型でキャリアを考えず、人生に一度「余裕」を持たせることを考えてみてはいかがでしょうか?

ということで、今日は嵐の話題でしたー。また明日!

子育てのはなし

こんにちは。夜中にプログラミングをしていて超絶眠気に襲われている石川です。

実は、このブログは毎日時間を指定して予約投稿をしています。

大体は前日の午後に書いていますが、たまに夜中に書いています。

今日の分は、朝の5時前に書いていて隣で赤ん坊がすごい勢いで泣いているのを横目(横耳?)にしながら書いてます。

そんな状況なので、需要があるのかどうかわかりませんが今日は子育ての話をします。

今お子さんがいる男性さんでも、仕事で外にばかり出ていたら意外と何も知らなかったりするのではないでしょうか。日本では、そういう人も多い気がします。

僕の父親も完全にそうで、今の僕をみて
「いったい何が幸せなのかわからんな〜」
「俺なんか、そんなこと(逐一僕がお世話していることを言ってる)何も知らなかった」
と言っています。

まあ、親が死に物狂いで働き続けてきてくれたから今の僕の生活があるわけで、一概に結論は出せません。年をとったからというのもあると思いますが、なんか感慨深いものがありますね。

(二日前に上げた記事と深い関連があるので、まだの方はぜひ読んでみてくださいね)

また、いずれ結婚して子を持つという方にとっても子育てがどんなもんかを少しばかり知っておくことは意義があると思います。

僕は、いま全面的に手伝っていますが、正直ここまで大変とは思いませんでした。

いま僕は会社に勤めていなくて、自由にできる身なのでどうとでもなっていますが、定時で働きながらこれをするとなると、ちょっと人間ばなれした気力が必要だなと感じます。

さて、少しばかりここ最近の普段の日常を再現してみると、、、

まず、出産が終わった日から1週間ぐらいは病院で入院となります。

ママは、出産で相当痛手を追うのでほぼ動けない状態になります。血もめちゃくちゃ出ますし、動くのも痛いです。びっくりするぐらい出血します。しかも、治ってはきますが1qヶ月ぐらいは続きます。

赤ん坊は、生まれてからすぐに3時間おきに、母乳もしくはミルクをあげなければいけません。体重や月齢に応じて大体あげる量が決まっています。

お腹が減ってくると口をパクパクさせて、放っておくと大体泣きます。

最初、ママは母乳をあげようとするのですが、なかなか思うようには出てきません。赤ちゃんに強く吸われるので、乳首は荒れますし、血が出て痛くもなります。

母乳が上げられない時は、ミルクで補います。母乳とミルク混合で行く場合は、足して一定の量になるように計算して与えていきます。

個人差は、すごくありますが、母乳が出にくい人は結構つらいと思いますね。

放っておくと母乳が溜まって、胸が痛くなってくるので搾乳機という母乳を絞るための道具を使って母乳を出さなければいけません。一回に2、30分はかかるので面倒です。

ミルクであげる場合は、哺乳瓶に定量の粉を入れて、沸騰したお湯を入れて、それを人肌に冷まして赤ちゃんに与えます。

飲み終わったら、ゲップをしないと吐いてしまうことがあるので、抱っこしながらゲップさせます。

使い終わった哺乳瓶は、必ず毎回煮沸して殺菌します。まだ抵抗力の弱い赤ちゃんには欠かせません。

大体ミルクと同じようなタイミングでおしっこやうんちもするのでその都度オムツを交換します。

この一連の仕事が3時間おきにきます。

言っておきますが、「夜も関係なく」3時間おきです。

つまり、もし交代要員がいなくて子育てしてる人がいるとするならば、必然的に3時間以上は連続して眠れないことになります。

実際は、準備や片付けの時間、泣いて寝ない時間もあるので、3時間丸々休めるわけではありません。

そして、赤ちゃんは基本夜行性なので、夜になると元気になって、わんわん泣く子も多いです。

実際に隣でずーーっと泣かれると(ただでさえ2時間半おきに起きなきゃいけないのに)、相当うるさいですし、イラっとすることもあります。

隣の家が近ければ、近所迷惑も気にしなければいけません。

僕は、夜中に抱っこしてあやしながら、「子供ってこういうことなんだな〜」としみじみ感じました。

つまり、子供は完全に自分中心なわけです。

コペルニクスの地動説です。

周りなんて関係ない。自分中心で全ての出来事が回っています。

思い通りにいかなければ泣くし、相手の事情や気持ちを思う想像力もありません。

子育ては、完全に相手のペースに持っていかれます。子供のペースに合わせるしかありません。

子供から大人になるということは、
「自分は一人で生きているのではないことを知ること」なのかなーと思いました。

だから、子供には絶対に無償の愛を与えられる親が絶対に必要なんだなとも感じました。

今日は、子育てのほんのワンシーンを紹介しました。

人生において、結婚タイミングと子供を持つタイミングって結構重要だと思います。

これだけ時間の使い方も変わるし、生活がガラッと変わりますから、それを踏まえたライフプランを描いていけるといいですね。

また明日投稿します!

出だしの2週間が勝負!

こんにちは、お腹が空いてはせんべえを食べるのが大好きな石川です。
全国の美味しいご当地せんべえを食べ歩きたいです。

さて、皆さんは今どんな環境にいますでしょうか?

その環境において「理想の自分」でいられてますでしょうか?

「理想の自分」と「現在の自分」のギャップを感じている人は、多くいるのかもしれませんね。

もっとこうなりたい。
この目標を達成したい。

少しでも理想に近づくように頑張る。でも、自分がぼんやりと抱く理想にはなかなか近づけない。そんな焦燥感を持ちながら日々を過ごしているのかもしれません。

人生のライフステージによって、「環境」が変わる時は誰にでもあります。
大学へ進学した。会社に就職した。結婚して一緒に住み始めた。子供が生まれた。
自分が意図してもしなくても、環境が変わるターニングポイントがいくつか訪れます。

また、自分から「環境」を変えようとするときもあります。
英会話学校へ通い始めた。オンラインサロンへ入った。起業に挑戦し始めた。毎日資格勉強をし始めた。
自分が望むものを得ようと、行動を変えることも沢山ありますよね。

そこで、僕が最近考えているのは
「何を始めるにしても最初の2週間が勝負」です。

人は、途中から自分の行動を変えるのには大きなエネルギーを要するものです。
今までこうやっていたものを、いきなり違くするのは結構体力と根気が必要だと思います。
「惰性」でいることは、一番楽なことだからだと思います。

その性質のせいで、「環境が変わって最初の2週間の様子」がほぼその後も習慣として定着していく確率が極めて高いと思っています。

なんでもそうです。

例えば、プログラミングを習得しようとあるプログラミングスクールに通い始めたとします。
40人の生徒がいたとして、最初の2週間で超気張ってものすごい成果を出した人は大抵最後までやりきって大きな実力を手にします。逆に、最初の2週間でサボってしまった人は、だいたい最後までやりきることができずにそのままダラダラいく傾向が強いと思います。

子育てだって、そうです。子供が生まれて最初の2週間で、ミルクもあげない、オムツも買えない、お風呂に入れるのも手伝わなければ、この人はおそらくその後もずっと手伝いません。

学校や職場の人間関係などもそうだと思います。最初の2週間で、元気ハツラツでリーダー的なキャラクターで行った人は、おそらくずっとリーダー的人物として定着します。逆に最初の2週間で、暗〜い感じで行ってしまった場合はおそらくずっとそうなります。人は、「役割を演じる」みたいなところがあるので、周りとの人間関係の中で作られた(周囲からそう思われている)自分のキャラクターに準じてしまうのだと思います。

もちろん、途中で「自分の行動を変えられる」人だっていますけど、全体の傾向としては圧倒的に惰性がそのまま続く可能性が高いと僕は思っています。

つまり今日の結論としては、
何か環境がガラッと変わった時や、頑張りたいことを始めた時には、
「最初の2週間さえ自分の理想に近づける行動を取れば良い」です。

どういう時間の使い方をしたいのか。
どういう行動を取りたいのか。

時間管理であれば、個人的にはグーグルカレンダーを使って、事細かに自分の行動を記録して行くことがオススメです。記録するという行為をするだけでも、「時間を大切なことに使おう」という意識が働くので効果があります。実際に自分の時間の使い方を視認化してみると、改善の余地が沢山あることに気づくはずです。2週間だけだったら続けられるでしょ?

行動管理であれば、毎日日記をつけることがオススメです。「文字で書き出す」ということがとても重要なのです。なぜなら、言語化することで人は思考するから。どの世界でも結果を出している人は、日記的な記録や反省をきちんと書き出していることが多いです。そうやっていくと、自己コントロールできる範囲が増えていきます。これも2週間だけだったら続けられるでしょ?

ということで、出だしの2週間を頑張ろうねというお話でした。
また明日!

人類が追うべき指標はなんなのかを考えようという話

こんにちは。

助産師さんに「赤ん坊が昼夜逆転してて夜泣きがひどくて。なんとかならんのですかね?」
と相談したら「赤ちゃんはみんな夜行性なので、それは諦めてください!」と言われ絶望している石川です。

赤ん坊がお母さんのお腹の中にいるときには、日中はゆらゆら動くゆりかご状態なので寝やすい。
夜はお母さんが寝て動かなくなるので、赤ちゃんが起きて運動している。その名残りなんだって。寝れなくて困っているパパママ!はい、諦めましょう。

さて、今日は昨日の続きです。
昨日の記事を読んでない方は先にそちらを読んでね^ ^
(この世は欲で動いているんだ)

昨日は、

「こういう世界では、欲張りであることは悪いことじゃないよね」

なぜなら、

「世の中は、”欲”によって突き動かされていくから」

という話をしました。

人間が色んな欲を持ち続けているから、世界の誰かがその欲を満たすための発明をしてきました。
そうやって人間社会は発展し、人類の集合知として集積されてきました。

そういう背景を持ってして考えると、
「ビジネスの本質は、人間の欲に迎合していくこと」だと僕は考えてます。

簡単に言えば、ビジネスするならば「人が欲しがるものを作れ」って話です。
それもたくさんの人が強〜く欲しがるものを作れば作るほど、個人や会社は儲かります。

読者の皆さんは、現代を生きているので想像しやすい今の身の回りの生活を思い浮かべて欲しいのですが、まずはやっぱり「衣食住」のビジネスはとても強いわけです。
生きて行く上で絶対買いますからね。今日も皆さん食べ物を買いましたよね。
食欲は数ある”欲”の中でも、絶対に外せない優先度の高い欲望です。

一方で、例えば「妊娠中の妊婦がマタニティフォト を撮りたい!」みたいな欲望は、そもそも持つ人も少なければ、優先度としては低いはずです。お金に余裕がなければ、他のことにお金を使うはずです。

そういう意味で、「生活必需品」を抑えたプレイヤーはとても強いってことですね。そうそう潰れません。(でも、「競争がある」のはまた別の話ね)。やっぱりなんだ言っても、衣食住のフィールドで戦っている企業は売上も半端ないし、めちゃくちゃ強いわけなんです。

なんとなく、「この世は欲で動いている」のイメージがわかってきたかな?

一方で、「世間に迎合せずに自分がつくりたいモノを作れ」的な、職人気質あるいはアバンギャルドな芸術家のような考え方もあるとは思います。それはそれで僕も大好きです。その心意気は素敵ですし、時にそこから人の心をグッと掴むような大作が生まれることもあるでしょう。
ですが基本的には「人の本能的な欲」に則していないモノはどんな売り方をしようが、長く売れないと思っています。世間に全くもって迎合しないでモノを作ることは、博打に近い(あくまで、経済市場に乗せる、お金を発生させるという視点で今は話しています)

やはり「売りたい」と思うならば、どうしても人間の欲に応えていく必要があります。

つまりは、世の中というのは誕生してこのかた
「人が欲しがるものを作ったものが得をするゲーム」の中で動いているわけです。

欲しがるものを作るほど、誰かに喜ばれるし、早い話がお金持ちになれるって話です。

このメカニズムはめちゃくちゃ強い力学であって、誰がなんと言おうと世の中はそのゲームルールの中で動いています。

人の欲→満たされる→人の欲→満たされる→人の欲→満たされる

人類史を通して、この無限ループがズー〜ーっと続いてることになりますね。それもあちらこちらで。

頭の良い人ほど、または野望の強い人ほど、
人々が欲しがるモノを懸命に作って、世の中に価値を提供していきます。
どんどんビジネスが生まれて行く。

私たちは、そんな誰かが生み出してくれたモノを消費して生きているわけです。

あるいは、会社で働く人は、ある製品の生産工程の一部となって誰かの欲を満たすモノを生産しているわけです。

だいたい全ての大人が生産者であり消費者です。

そのメカニズムが連綿と続けられてきた集積の上に成り立っているのが、僕たちが生きている今の世の中。

ことに、日本において言えば、めちゃくちゃ便利な生活です。
便利どころか、小さな欲やマイナーな欲まで満たしてくれるサービスが世の中にありふれています。もっと突っ込んで言えば、地方よりも都市部の方が、よりきめ細かなサービスやモノであふれかえっています。

そう考えると、勘が良い人は
「あれ、人間の欲ってそのうちなくならないのかな?」って疑問が湧くと思うのですが、
答えは、「無くなりません」です。

これは、歴史を見たら明らかなことで、市場経済に乗った社会において「もう、このまま現状維持でいいや。何も成長しなくていい。何も新しいものはいらない。」というジュゴンみたいな境地に達した社会はないからです。(ただし、北欧社会だけは例外と言えるかも。)

それで、僕が言いたいことはここからで、
「このままいったら世の中はどうなるの?」という未来に対するクエスチョンです。

頭を柔らかくしてご自身でぜひ想像して見てください。この流れのまま社会が進んでいったらどうなりますか?
人間の欲があっては、沢山のビジネスマンや研究者がその欲に応えようと頑張って行きます。

ビジネスでは人の欲に応えて、売ろう売ろうするモチベーションが働きますから、
坂を転がした雪だるまみたいに、放っておいたら止まることは絶対になくてどんどん膨らんでいきます。

途上国と先進国の両方でどっぷりと浸かっているからこそ感じることかもしれませんが、
日本の生活水準は相当上がっていると思います。かのアダムスミスも「”必需品”の基準は上がるのだ」と言及しています。僕たちは当たり前すぎて気づきませんが、めちゃくちゃ豊かな生活を送っています。(経済的にね)

フィリピンの「普通」と、日本の「普通」は全然違います。
1900年代後半の日本人の「普通」と2019年の日本人の「普通」も全然違うわけです。

でもね、「どっちが幸せなんだろう」と言われれば、僕はわからないな〜と思うわけです。

確かに、圧倒的な欠乏状態では、「安心安全に普通に生きていくことすら難しい」状態ですので、
そこからは早々に脱するべきだと思います。腹一杯食えない、病気のリスクがでかい、戦争や事件に巻き込まれる危険がある、家族を守れない。世界をみれば、まだそういう国がたくさんあります。僕もほんの一部を見てきました。それは、絶対に解決するべきです。

日本は、概して国民の大多数の人が「ある程度豊かな生活を得る」ことにすでに成功しています。

そこから先はもはや満足度の問題であり、必ずしも
「成長」「規模」「売上」「金持ち」「名声」「地位」「所得」
そう言ったような指標で測るのは、危ういのではないか?と僕は思っています。会社にとっても、個人にとってもそうです。

例として出すのはとても恐縮ですが、わかりやすいので言及させてもらうと、日本の名経営者「孫正義さん」は誰がどう見ても「成功者」だと思いますが、測る指標が違えば、「成功者」の定義も変わってきます。孫さんが成功者と言えなくなる可能性だって、見方によってはありますよね。
(あくまで、例として出しているだけだよ。)

田舎で自給自足して、地域の人とは沢山繋がりがあって、毎日コタツで過ごしてるおっちゃんが
実は「成功者」である可能性だってあります。

僕が話しているのは、
「人類が追うべき指標はなんなのか?」
という話です。

そして、
「人類は本当に幸せになっているのか?」
という問いです。

豊かじゃない時代は、みんなで一つのゴールで良いんです。
強い日本を作ろう、豊かな日本を作ろう。野望を持って、せっせと頑張ることが共通の幸せの価値観になり得ます。そういうモチベーションが、国民総じてある程度豊かな状態まで国を引き上げます。

実際に、世界中の先人たちのおかげ様で、今の私たちの豊かさがあります。それは感謝しなければいけませんね。

でもそこから先は、未知の領域であり、よーく考えなきゃいけない。一人一人がね。

成長し続けることが本当にいいのか。
次から次へと出てくるモノを、消費し続けることが本当にいいのか。
結局メルカリに出すことになるのに、新しいブランドものばかり購入することが本当にいいのか。
“良い職”を得ようと、奨学金を使ってまで都市の大学へ行くことが本当にいいのか。
生活コストのかかる都市に住むことが本当にいいのか。
欲しいものを買うお金を得るために、勉学や友人との時間を犠牲にして働くことが本当にいいのか。
大きな家や車を買うためにローンを借りて、働き続けることが本当にいいのか。
四六時中働きに出て、結果ほとんど家庭にいないことが本当にいいのか。

僕が、『これからの時代は
「意味」「生きがい」「価値観」「哲学」「幸福観」
そういったものが大事になってくるだろう』と口癖のように言っているのにはそんな背景があります。

世の中のメカニズムは、否が応でも我々の生活に対して、抗えない重力を及ぼしてきます。
ビジネスは相変わらずたくさん消費させようとしてくるし、人間社会は相変わらずもっと豊かになろうとしてくる。

なにも僕は資本主義を否定しているわけではありません。資本主義が機能してきたからこそ、人間の欲があるからこそ、一人一人が自己の利益を追求してきたからこそ、これだけ社会は豊かになったことはまぎれもない事実だと思います。そんな資本主義には、リスペクトすらあります。

でも、フェーズがもう変わってきている。
一つは、もう十分豊かになったから。
もう一つは、日本では人口がぐんぐん減っていく時期に入ったことが変わり目の一番大きな要因です。

「欲によって動く」社会のひずみがこれからどんどん出てくるんじゃないかと思っています。つまりは、「考え直す時期」なんじゃないかなと。

僕の意見としては、「みんな幸せになれたらいいよね」というシンプルなものなので、あなたの生き方についてもよ〜く考えてみて欲しいです。

本当の幸せってなんだんだろう

あなたが追いたい指標ってなんなんだろう

ってね。

世の中や周りに流される必要はありません。常識に沿う必要もありません。答えは自分の中にしかないですし、その賛否を判断するのも自分ですから。

すごく人間臭い話になりましたが、今日はこれでおしまいです。
お読みいただきありがとうございました。またあした!