役に立たない本を読もう

今回は読書についてのお話です。

読書自体について論じている本が最近人気になっていることから、
読書のやり方について課題感を抱えている人は多いのだろうと思います。

そこで今日は一つの視点を書きたいと思います。

■役に立つものと役に立たないもの

私にとって読書はとても貴重な時間です。

本とは、これまで生きてきた人たちの叡智と経験の蓄積であって、人類の財産だと思っています。

たった数千円でそれを勉強することができるのですから、つくづく良い時代に生まれたなと思います。

とはいえ、毎年膨大な数の本が出版されます。

物理的に読める本の量には限界があります。

そのため、「どの本を読むか」ということが重要な選択になってくるわけです。

これに対する筆者の答えは、

「役に立たない本こそ読むべき」

というものです。

私は、22歳の時から目が覚めたように膨大な量の本を読みあさり始めました。

最初はとにかく何もわからなかったので、気になったものからひたすら読みまくっていました。

そうして、最近変わってきたのは、古典や”重い本”を選ぶことが増えたということです。

1日の時間は限られています。

読書や情報収集に使う時間は、無限にあるわけではありません。忙しい人は特に大変です。

「すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる。」

これは、私が常に頭に置いている考え方です。
経験上、これは正しいと思います。

私は、起業について勉強し始めたこともあって、昔は新しい情報ばかりを取りに行っていました。本を選ぶ場合も一緒で、平積みになっている新刊にまず手を伸ばしていた記憶があります。

しかし、20代の大事な時期だからこそ、使うべきはそっちではないと考えました。

目先ではなく遠きを図り、どっしりと腰を据える。やるべきはそちらだなと。

新しい情報というのは、その時に使える場合は確かに多いですが、すぐに流れていくものです。

本も同じで、先ほど「毎年膨大な数の本が出版される」と記述しましたが、大事なのはその裏にある「毎年膨大な数の本が消えていく」という方にあります。

つまり、新しいものというのは消費されていくいっぽうで、残っていかない。

私が、”重い本”と言っているものは違います。

はるか昔に書かれた本が、今でも読まれている。
それは、長年の生存闘争に勝ち残ってきたことを意味するので、それだけで価値があります。

「すぐには役に立つかどうかわからない本」

これこそが教養であり、むしろこちらの方が真価を発揮するものなのです。

・聖書
・アダムスミス「国富論」
・ダーウィン「種の起源」
・大前研一「企業参謀」
・世阿弥「風姿花伝」

などがそうです。
私が、教養書と考える本は他にも沢山あるので、また改めてまとめたいと思います。

こういった重い本は、どれも本質を突いているという共通点があります。

うわべだけの方法論や、その時その時にしか役に立たないような流行とは違います。

読むだけでも体力がいりますが、結局書いてあることは、一見シンプルなことが多いです。

しかし、その主張の裏には膨大な情報と経験の蓄積があり、ものすごい深い洞察があったりします。そうして行き着いた先が、シンプルな結論なのです。

描かれているのは、世界のシステムであったり、人間の本質です。

つまるところ、『世の中がどのようにして動いているのか』というナゾを解明するヒントをくれるわけです。

そこから次に繋がるのはもちろん『私たちはどう動けばいいのか』という問いになります。

だから、どう考えても長い目で見て極めて高い効用を発揮するのは、”いま役に立たない本”だと思うのです。

役に立たなそうな本をどんどん読みましょう。

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