マインド」カテゴリーアーカイブ

結婚する前に、仕事量・勉強量を増やしておこう

こんにちは。石川大貴です。

今週のニュースで、
セブンイレブン本社が、セブンイレブンのフランチャイズ店オーナーと「24時間営業」をめぐって揉めているというようなことを耳にしました。

アルバイト不足で人の確保が難しく、コンビニ業務の仕事量も増えている。
24時間営業するのはきついってことらしいです。
本部としては、「24時間営業」で契約してるんだからそれでやってよってことですね。できないなら、違約金払ってねと。

ついに、始まったかという感じですね。

これ数年前から度々言っていることですが、
歴史的にみて、世界的にも「人口」と「文明の発展」は基本的にリンクするので、
人口が減り続けている日本はゆったりと縮小していきます。

何も大きな話だけをしているわけではなくて、あなたの生活にも影響は及んできます。
今の豊かさを維持することが難しくなってくるってことです。
「24時間営業が、24時間営業ではなくなる」は、これのど直球ですね。
これからこういうことが増えていくと思います。

中国の無人コンビニのように、自動化が極限まで進んでいけば、
機械が「人口」(=労働力)に置き換わるということなので、
縮小傾向も収まり、豊かさ(ここでいう豊かさは資本主義の結果生まれている「豊かさ」の事)も維持できる図式が出来上がると思います。
しかし、まだ10年か15年くらいはかかるんじゃないでしょうか。今はそれまでの過渡期といったところでしょうか。

消費者としては、今の時代はあまり「豊かさ」の水準をあげないほうがいいです。
「豊かさ」というのは主観であり、人や場所によって変動します。その基準につられて「幸福度」も決定されます。
そもそも、日本ってサービスの水準が高すぎるので、知らぬ間に消費者たちは感覚が肥えています。

僕は、フィリピンのローカルどころに住んでいたので別に24時間営業じゃなくても全然平気ですし、1つ4円のパンと1つ10円のインスタントコーヒーが飲めればめちゃくちゃ幸せに感じます。別にコーヒーが値上がりしたって、安いやつでも十分なので問題ないです。

日本も、今までの便利さが維持できないところも多々出てくる可能性が高いです。店が減ったり、営業時間が短くなったり、使ってるサービスがなくなったり、値上がりしたり。
なので、「豊かさ」の水準をあげないってのは今の時代大事です。

労働者としても、労働力として1人分以上に働かせられるような場所にいると、どんどん疲弊してしまいます。社会全体をみたら構造的に、そういう環境が悪化していくことは目に見えているので、早くそういう場所からは立ち去ったほうがいいですね。アルバイトにしても、働く場所はいくらでも選べるわけですから、悪い場所にはとどまるなです。あとは、自分で好きなことをとにかく自分で勉強しておいたほうがいいですね。誰でもできる仕事は、いずれ自動化されるか、外国人(安い労働力)が担うことになるかのどちらかですから。

さて、前置きが長くなってしまいました。

今日は、「ビジネス」と「家族」というテーマです。
多分ほとんどの人が通る道なのに、意外と触れられることも少ないのかなと思います。

僕は昨年に結婚をして、今年子供も生まれました。
生活が本当にガラッと一変しました。

ある程度覚悟はしていましたが、これほどまでに環境変化するとは思いませんでした。
そういう意味では、覚悟はしていたけど準備はできていなかったようです。

結婚に関しては後先考えずに決めて、後悔は全くしていませんが、
タイミングはもう少し熟考してもよかったのかな〜とは思います。

家族の形や関係性というのは、人それぞれだとは思います。
結婚しても、自分の時間が取りやすい人もいれば、そうでない人もいるでしょう。

ただどの家庭も、大変なことはたくさん起きると思います。
当たり前のように平和に家族って成り立つものかなと思っていましたが、
実際に家族を持ってみて感じるのは、
家族をマネジメントしていくのは本当に一苦労も二苦労もかかるということです。
相当な体力と精神力を使います。

世の中のお父さんお母さんに対して、素直にすげーなと思いました。
そりゃあ、離婚も多いわなと。

人って、自分で経験していないことは過小評価する傾向があります。
特に10代20代の方に言っておきたいのですが、家族を持つことはマジで想像以上に大変です。
子供を持ったらもっと大変になります。

そして、「家族」と「仕事」というのは、
一方のエネルギーがもう一方のエネルギーにも影響を与えるという特質があると僕は思っています。当然ながら、時間配分も変わります。1日24時間しかないわけですから、物理的には、「家族」と「仕事」はトレードオフの関係にあると思います。物理的に両立するのは不可能で、どちらかに時間を割けば、もう一方へ割く時間は減ります。
一人の時は自分ごとだけでよかったのが、人に振り回されるようになります。

ここで先に触れおきますが、
そんな大変さを考えたら「私は結婚せずに、一生一人でいきます」
という選択もまあアリだと思います。特に今の時代は一人でも幸せに生活できます。
「家族を持たない」と決断するのも有意義な人生を送れる一つの価値観だと思います。
特に今の時代は、そういう人も増えているようですね。

一方で、家族を持ちたいという価値観を持っている人にとっては、もちろん家族を持つことが幸せにもつながるでしょう。
こればかりは、実際経験してみないと実感できないことですが、伴侶を持つこと、子供を持つこと、それで初めて見えてくる景色、というものが確かにあります。
人間の歴史は、原始的な時代からずっと家族と共に行き、家族を守ってきた歴史なので、本能のレベルで家族を持つことで幸福感を得るように備わっているのかな、なんてことも思います。

ただ、結婚するタイミングというか、「それまでに何をしておくか」が結構重要だと思います。

家族と幸せでいたいと思うのならば、一定量の時間とエネルギーをどうしても家族にも割くことになります。何か目標や野望や夢を持っている人、つまり「自分のこと」を突き詰めていきたいと思っている人にとっては、かなり環境が変わります。
「自分のこと」と「家族のこと」のバランスを取らなくちゃいけなくなるからです。

そして、自分のことを突き詰めていきたい人にとっては、「結婚前に何をしておくべきか」という視点は持っておいた方がいいと思います。

何をやるにしてもプロフェッショナルになるには「とにかく量をこなす」フェーズが絶対に必要だと思います。

「経験曲線効果」という言い方があります。
熟練の工場長が1時間でやる仕事と、
まだ1年目の新入社員が1時間でやる仕事の成果は全く違います。
そういう意味で、時間は伸び縮みします。

経験曲線効果とは、簡単に言えば、「経験を積めば積むだけ仕事の効率が上がるよ」
という言われてみれば当たり前のことです。

経験曲線効果を上げておけば、たとえ短い時間しか取れなくても、
短い時間で多くの成果をあげていくこともできます。

何か1つの分野で突き抜けておく経験とスキルがあれば、また横展開するときにもそれが大いに活きてきます。

結婚してから、素人がいきなり量をこなすのは大変です。
仕事に加えて、自分のことばかりしていたら家族を不幸にしてしまう可能性もあります。

家族の関係性によってはやりくりが可能かもしれませんが、実はほかの何かが犠牲になっていることも多いでしょう。

実際、起業やビジネスで成功しているけど家庭は崩壊って人は割と多いと僕は思ってます。

ですので、今日の結論は1つだけ。
結婚する前に、できるだけ量をこなしておくことはめちゃくちゃ大事だと思います。

では、また来週投稿します。
ありがとうございました!

新しい小さな習慣を毎日やろう

こんにちは。石川大貴です。

最近女性起業家が増えていると耳にしますが、「子育てを経験している」ことは結構なアドバンテージになるんじゃないかと感じています。いろんな選択肢が増えていくのととても良いことですね。

さて、僕は友人とのつながりで最近コーチングを受けてみました。半年ぐらい。

結婚する前は、自分ひとりコントロールすれば良かったので、毎日満足のいく生活、自分が納得のいく時間の使い方をできていました。

結婚後は良くも悪くも自分以外の他のことに振り回されるようになりました。
環境が変わって、僕もちょうど生活を最適化させるためにちょうどいいなと思ってコーチングを受けてみることにしました。

「コーチング」というのは、何か目標を定めてそこに行き着くまでの伴奏者になってくれるものです。

車の助手席に座るのがコーチで、運転するのはあくまで自分(相談者本人)です。

アドバイスをくれるというよりかは、いろんな問いかけをしてくれて、一人では考えられなかったことを思考することができるのがコーチングです。

その結果、自分一人では近場にしかドライブできなかったのが、もっと遠くへ、もっと素敵な場所をドライブすることができるようになれば成功です。

より速いスピードで目標に近づく。理想とする自分に近づいていくプロセスになります。もし機会があれば、まあ体験してみてください。

その中で、一ついいなと思ったことを紹介します。簡単なことですけどね。

それは、「毎日続けられる新しい小さな習慣をつくる」ことです。

なんだそんなことかと思わずに、まずやってみて欲しいです。

僕もここ最近は、家庭でのことが色々とあって全く理想とする時間の使い方をできていませんでした。今も一番良い状態に近づけるように自己管理しています。

あまりよくない状態になると、「なんて自分てダメなんだろう」と自己否定の方向性に思考が流れていくことも多くなってきます。こうなると、活力エネルギーも落ちて来て、また切り替えれず良い行動に移せない、またさらに落ち込むという負のスパイラルに入ってしまいます。

そこで、毎日これだけはする!と新しい習慣を決めてみるわけです。

目的は、「自己肯定感をあげること」なのでぶっちゃけなんでも良いです。自分にとってプラスとなること、そしてものすごく小さなことにするのがコツです。大きなことを掲げず、毎日できる小さなことにするのがミソです。

僕の場合は、体幹トレーニングを毎日30秒やるです。

これだったら必ず続けられることにしてください。

英単語3個覚えるとか、瞑想するとか。まあなんでも良いからできるやつを。

毎日ブログを書くとかだとかなりきついと思うので、その場合は毎日5行は書くとかでもいいし。

それで、実際に続けられた自分を褒めてあげるわけです。よし、今日もできたじゃんって。それを毎日毎日積み重ねていくと自己肯定感が上がっていき、他のことにも活力を注げるようになっていきます。

少しでも変わりたいなと思ったことはぜひやってみてください。今日はコーチングのお話でした。また明日〜

自分だけの最適解は、自分で探していくしかない

こんにちは、石川大貴です。

さて、
ふと思い出したことがあります。

僕は、学生時代まだ部活動をやっていた時期に「社会起業大学」というビジネススクール的な所に少しだけ通ってたことがあります。週末だけやってたプチ講座コースみたいなのがあってそれに通ってました。(相当前なので今の形態とだいぶ違うと思うけど)

そこで、確か僕は講師に

「将来結婚したら、ビジネスと家庭の両立が心配なんですが、どうしたらいいのでしょうか?」

という、なんとも抽象的な(しかも授業の内容と全く関係ない)アホくさい質問をしたことを思い出しました。

確か講師の答えは、

「その時その時で、最善を探していくしかないと思います」

と返ってきたと思います。

最近になって、やっと意味がわかりました。
本当にその通りだと思います。

というのも、
状況の誰にとっても異なっているので、
「こうしたら上手くいきますよ」なんて万能な答えはないじゃないかと思います。

結婚生活、子育て、職場、全部そうで、人によって取り巻かれてる環境もあなたやあなたの周囲にいる人のパーソナリティーも違うので、”最善”の答えは結局自分で見つけていくしかないんだろうな思ってます。人にアドバイスを求めるもんじゃない。

例えば受験勉強とかもそうです。
もう少しで2次試験の季節ですね。僕も1年間浪人を経験してことがあって分かったことがあるのですが、受験で強いのは「勉強方法を見つけられる」人間です。

成功するのは、頭が良い人、根性でめちゃくちゃ努力できる人、ではないです。
勉強の効率が良い人です。
勉強の効率が悪いと、受験は失敗する。

少なくとも大学受験レベルであれば、正しいやり方で持って、大量の勉強時間を投入すれば、誰でもかなりの高確率で結果を出せるものだと思います。ある意味、スポーツに比べて勉強の世界は、はるかに「才能」による差が少なく、「努力」が報われるフェアな世界だと思っています。

ただ、この”正しいやり方”というのが、全員共通ではないというか、一人一人性格と才能は違うので、”正しいやり方”も人の数だけあるんだよ、が僕の考えです。

つまり、自分で見つけていかなくちゃいけない。

だから結局、現状を「分析」して、「解決法」を考え、「実行」していくというプロセスを経ていくしか無いんだろうと思っています。自分にとって、一番勉強方法は探すしながら、やってみて見つけるしかない。

これってビジネスそのものですよね。

本質は、なんでも一緒だと思います。家族関係も、仕事も、受験勉強も。

だから、浪人生活において、先生の言われた通りにしか出来ない人間は、
自分の頭でやり方を考えていく、試していくことをしないので結果が出ずらかったりすると僕は思います。
(運よく先生の言うやり方が自分に合致すれば良いですけどね)

挙げ句の果てに。
ランキング上位に来てる奴が授業にあまり出ていなかったり、猛烈に勉強してるようには見えなかったりする奴が必ずいます(笑)予備校では。
そこで、「なんでアイツが!チクショー。やっぱ頭の良いやつは良いよな」とか才能のおかげだと思うわけです。

いやいや違います、工夫してるだけです。勉強の効率が良いのです。実際やってます。

何をするにしても、”最善”を考えていく、もうそれしかないんですよね。そこをサボっちゃいけない。

この十年前くらいに言われた
「その時その時で、最善を探していくしかないんだよ」
の意味が最近になってよく分かったな〜という思い出話でした。

今日はこれにて。
また明日!

断片的より、体系的な情報収集をしよう

こんにちは!子育てのハードさを知り早くも疲れ始めている石川です笑。世の中のすべてのママさんよ、すごい!

さて今日は、情報収集に関しての話です。

ビジネスマインドを身につけていくために、まず多くの方がトライするのが「情報収集」だと思います。

僕も、ビジネスのビの字も知らない学生だった時に「起業してーなー」と思い始め、情報収集をするようになりました。

しかし、しばらくはほとんど効果もなかったし、そのせいで情報収集の習慣も身に付かったような記憶があります。

そこで。今回はコツを一つ。

それは、「断片的な情報よりも体系的な情報に触れる」ことです。

最初は、「よし勉強するぞ!成長するぞ」とイキっているので、どうしても色々なことに手を出したくなります。若くてエネルギッシュで野望の強い人は、特にそうかとしれませんね。

新聞を読んで、こっちとあっちのニュースアプリを見て、本も読んで、セミナーにも行って、ビジネス番組もみて、みたいな。

どんどんto doリストが増えていくのを経験した方もいるかもしれません。

超人になった人はこの形でも良いかもしれませんが、僕のようなビジネス素人にとってはあまり良くない情報収集方法だと思います。これだと成長が限られる。

というのも、いろいろなリソースを見て、沢山の情報に触れると「あー今日も勉強したな〜」という気にはなるのですが、一週間経っても、一ヶ月経っても、何かイマイチ身になってる感が出てきません。

それもそのはずで、ビジネス素人が色々な情報リソースに触れている段階では、その背景知識や周辺知識も持っていないですし、思考の素地となるような経験もないので「ただ情報を取りに行っているだけ」の状態になりがちです。

つまりは、知っているだけの状態、知ったかぶり状態になるだけって話です。

いろんな情報は知ってるけど、誰も知らないような新しい論理も出てこないし、自分の考えも出てこない、話が本質的ではなくてどこか薄っぺらい感じがする。

人にひけらかしたり、自慢したりするのにはこれでも良いのかもしれませんが、情報収集の目的は、「得た情報や知識を元に自分の頭で新しい価値を生み出していくこと」であるはずです。

クイズ王を目指しているのであればただの物知りさんになれば良いですが、ビジネスマンになるのであれば、やはり情報収集の先に「何かを生み出す」ことが必要なはずです。

じゃあ、どうやったら何かを生み出せるんだって話になりますが、それは「得た情報で自分の行動が何か一つでも変わっていくこと」だと思っています。小さい目で見たら、まずはそこです。

そのためには、まずは断片情報よりも体系的な情報にあたる方が上です。

僕が、様々な情報リソースに当たっていた時には、僕の行動は何も変わっていなかったように思います。

情報が断片的すぎるので、何か特定の分野にどんどん詳しくなって自分なりの思考ができるわけでもない、結論の情報だけを見ているので理解が薄くて、腹落ちしていない。だから、自分でこうしてみようという行動につながっていかない。

体系的な情報は違います。

一冊の重い本を読みきった時は、その「ストーリー」が僕の体の中に染み渡ります。結論だけ見れば、とてもシンプルなことを主張しているビジネス本であっても、その結論にたどりつくまでの膨大な経験を疑似体験しています。だから、理解度が全然違う。その結論が、どれだけ深くてどれだけ本質的なことなのかがわかる。

そういう腹落ちしたものは、もはや「情報」ではなく「擬似的な経験」として浸透していきます。たとえその時すぐには役に立たなくても、経験として深部に蓄積してあるので、活用できる(=その本を読んでいることによって行動が変わる)時は必ずきます。

断片的な情報よりは、まずは体系的な情報に触れていくことが早道です。ネットサーフィンよりは、本の方が良いし、テレビ番組よりは、シリーズもののビジネス教材が良いです。

雑誌にしても、気分で買って読むよりは、特定の雑誌を毎月読むと決めて定点観測のように読み続けることで意味を持ってきます。新聞などの場合も同じで、やはり半年以上などの一定期間、同じコーナーを読み続けるのが良いと思います。要は、あっちこっち手を出すなと。

これは、知識の面でもその方が良いからです。自分の意見を思考できるためには、ある程度の「知識」が必須だと僕は考えています。あまりにもそのことに対して何も知らなすぎると、考えることは難しい。自分の意見なんて出てこない。

断片的な情報にあたっているとそれだけ分野が分散しますから、知識の蓄積はかなり遅くなります。それよりは分野を決めて情報収集したほうが、早く知識の泉が溜まる。そして、自分なりの思考もできるようになります。

今日の結論としては、「ビジネスマインドを身につけたいなら、断片的な情報よりも体系的な情報に触れた方がいいよ」です。

なぜなら、断片的な情報より体系的な情報の方が、内容の「理解度の深さ」が全然高いので、行動に活かせる。知識も分散せず、早く知識の集積ができるので、自分なりの思考もできるようになるからです。

ということで情報収集のお話でした。ありがとうございました。また明日!

 

自分の無知を知ることから、キミの成長は始まる

こんにちは。石川大貴です。

今日はちょっとした思い出話をします。

以前の記事の中で、「孤独は、人間を成長させる」という話に触れました。

なぜ、僕が孤独になって友達を一人もつくらなくなったかと言えば、それにはきっかけがあります。

ちなみに僕はバリバリの運動部で仲間と騒ぐのも好きなので、もともと陰気キャラなわけではないです。むしろ逆です。

ですが、しばらく「孤独になろう」と思ったのは、「やばい、とにかく成長しなきゃ」と思ったからです。

そのためには「普通に」努力していたのではダメで、「圧倒的に」勉強しなきゃいけないと強く思えたからです。

だから、いろいろ切り捨てて「時間の優先順位」を考えていった結果、いつのまにか孤独になっていきました。

成長しなきゃ、圧倒的に勉強しなきゃと、思うようになったきっかけがあります。

大学を休学してフィリピンに住んでいた時の話です。

その頃僕は、毎日街の中を自由気ままにブラブラする生活をしていました。話がズレるのでここでは掘り下げませんが、一番の目的は、貧困を知ることで、日本とは違う社会を深くみたいなと思ってました

住んでた家の近くに、日本食レストランがあって、そこの定食が超安くて超うまいのでたまに通ってました。

いつも店の端っこの席で、パソコンを開きながらゆっくり時間を過ごしてました。

ある日のこと。

いつもどおり、定食を食べ終わってゆっくりしていたら、対角線上の反対に座っていたオーナーのおばちゃんから声をかけられました。(このレストランのオーナーはいつも店のテーブルに座って仕事をしている)

僕ばしばらく通っていて、その店のことは知り合いを通じてよく知ってました。

オーナーに初めて声をかけられました。

「あんた何歳?」

「23です」

「はっ笑。小僧だねぇ」

改めて、確認しときますが、お互い初めての会話です。お互い知りません。

(しかも、遠くから話かけられてるから、超声がでかい)

なんか自分で今書いていて「なにこれ?ワンピースの話?」と思いそうですが、マジであった話です。

僕は、意味がわかりませんでした。

意味は、わかりませんでしたが、なんとなく意味はわかりました。(何をいっているんだ笑)

ちなみに、この方はフィリピン界隈の人はすぐ分かると思います。フィリピンでビジネスを30年続けてこられたビックマムみたいな存在です。(ちなみに、見た目は巨漢で、それなのに超軽快で、髪は確か赤色だったかな。服はいつもド派手のカラフル。女性です。)

フィリピンで、ビジネスを30年やってくるということは、並大抵じゃないです。生き残るだけでも、至難の技です。というか、日本人オーナーで本当に殺される人もいるくらいの国です。殺し屋が今も普通に存在してます。ビジネス環境もまだまだグレーゾーンが多く、チャンスも多い一方で、いわば「やったもん勝ち」みたいな一面も強くあります。そんな場所で、しかも年商数億規模です。マジですごい人です。

そんな人からしたら、

23才なんて、ほんとに若造で小僧中の小僧です。

世の中のことをなんにもわかっちゃいない。

ちょうどこの頃、僕は街を歩きまわっていて毎日いろいろな光景を目の当たりにしている所でした。

初めての国ということもありますが、ぼーっとして生きてきてよく考えたら自分は「何も知らないんだな」ということを感じ始めてる時でした。

世の中にどんな人がいるのか、

どんな人がいて、何を感じて生きているのか、

どんな問題を抱えていて、なにを大事にして生きているのか、

人に関しても、実は分からないことだらけ。周りの人も実は深く知らないし、遠くの人のことも何も知らない。そして、街を歩いていても、

この建物はなにをやっているんだろうか?

この看板はなんなんだろう。

同じ商品がいろんな場所にあるけど、どういう流通経路になっているんだろう

まちのお金の流れってどうなっているんだろう

気になりはじめて、疑問を持ちはじめたら、「あれ、おれって世の中のこと何も知らないんだな」ということに気づきました。よく知っている(と思い込んでいただけの)日本では、得ることのない感覚でした。全く初めての国だったからこそ、フラットに疑問を持てて、無知を悟りました。

そんなタイミングでの、ビックマム(ってもう呼んじゃってますが)からの「小僧だねぇ」発言。

僕のぼーっとした顔がそれを言わせたのかもしれません。

まあ、普通の会話としては意味がわかりませんが、僕が言われた「小僧」という言葉には、本当にスーッと腑に落ちたというか、「その通りだな」と思ったのでした。

これが、きっかけです。

このあたりから、「あ、やばいな、成長しなきゃ、圧倒的に勉強していかなきゃな」と思うようになりました。

ちょうど、やりたい自分の方向性が見えつつあった時期でもあったのでなおさらです。

結論としては、

僕の例はあまりに突飛だと思いますが、読者の中で、仮にいま「自分の無知」や「不甲斐なさ」を少しでも感じる境遇にいる人がいれば、僕はあなたにエールを送りたい。

無知を悟るような経験は、少なからず誰にでも訪れるはずです。そして、「何も知らない、何もできないこと」を知ることは、かならず成長の糧になります。その素直さは、とても素敵な感性であり、才能だと思います。(弱さを認められない人も多いですからね)。無知を知り、人は強くなっていくんだと思います。ここから頑張っていけば絶対に届きます。

ということで今日は、キミの成長は、自分の無知を知ることから始まるよというお話でした。また明日!

「そうでもないこと」に「好きなこと」を掛ければ好きなことになる

こんにちは。石川大貴です。

さて、今日は以前の内容に関連する話です。

過去記事で「継続できる何か”好きなもの”を探すと人生が楽しくなるよ」的な話をしました。

自分の好きなことを見つけるために増やすべき変数は、「挑戦の回数」です。
向き不向き、好き嫌いは実際にやってみないことには分からないので、とにかくやってみることが必要です。

いや、でもそれでも「好きなこと」はそうそう簡単に見つかるもんではない!とも思います。

話の腰を折るようですみませんが、それが現実でありみんながみんなそう簡単に好きなことや向いてることに出会えたら人生そう苦労しねーよなと思います。

「好きなこと」の概念のハードルを下げる

まずは、「好きなこと」の言葉の定義からです。

みんな「好きなことは?」と聞かれた時になんか大袈裟に考えすぎかなと思います。特に仕事や自分の成功につながるかどうかという視点で考えた場合には、あまりハードルが高くなってしまいます。もっとフランクに捉えるほうが人生は豊かになる気がします。「好きなこと」というより「気になること」ぐらいですね。

「対象」もあまり縛らずに考えすぎない。逆上がりが好きですとか、えんぴつが好きなんですとか。そういう小さなことでも突き詰めていけばなんでも「好きなこと」になっていきます。そうやってハードルを下げて考えたら「気になること」は誰にでも沢山出てくると思います。したら、少しずつ深掘りしてみれば良いんじゃないでしょうか。ネットで検索してみる、とかでも良いですしね。まずは。

「好きなこと」のハードルを下げて、たくさん試してみるっていう話です。

「そうでもないこと」に「好きなこと」を掛ける

これは、結構おすすめの方法です。

過去記事の中で、「継続できなかったモノはそれなりの対象だったってことだから別にやめても良い」と書きました。

しかし、「いやいや、でもこれはどうしても達成したいんだ」という事柄は時にあると思います。

シンプルに学校の勉強だから絶対やらなきゃいけないとか。
将来のことを考えたら、(好きかどうかは置いておいて)これは身につけておいた方が人生が豊かになると思う、などの場合ですね。

そんな時は、そこに「好きなこと」を掛けちゃうってのは有効だと思います。

その例でいくと、僕がまずやったのは英会話でした。

高校の時から海外にいきてーなと思ってたので、僕にとっては英語はとても重要でした。でも、やってみると勉強は全然楽しくなかったです。英語自体は、いまでも好きじゃないです。勉強したくありません。

僕が英語を話せるようになったのは、フィリピンに行ってからです。それも、ある方法で学んでからの話です。言っておきますが、「海外にいったからといって英語が話せるようになる」というのは間違いです。生活の中で話さなければ変わりませんし、海外に住んでも勉強しなきゃ覚えません。(幼少期に住むのは話が別だよ)

そんな英語に興味がなかった僕が、マスターできた理由はキャバクラに毎日通ったからです。つまり、「英語」に「女の子」を掛けることで「好きなもの」に変えたわけです。いまはもうおとなしくなりましたが、当時は若かったのでめちゃくちゃ「女の子」が好きでした。

それからはめちゃめちゃ早かったです。一気でした。話をして楽しむ(あるいは口説く)ことが目的なので、英語は下手くそですが、すぐコミュニケーションできるようになりました。(ただし、語彙が少し偏ってますw)

実はその前に、英会話スクールにも行ってますが、その時より爆速で話せるようになりました。英会話スクールの中は、あくまで「英語の勉強」であって、たとえマンツーマンだったとしても先生は、僕がわかるように喋ってくれるし、授業の内容をスピーキングするだけなので、伸びは遅かったです。実際、学校の外に出たらあまり英会話できませんでしたしね。僕には合いませんでした。金額の面でも、アホな遊び方さえしなければフィリピンのキャバクラは安いので、英会話学校にみっちり行くよりむしろ安いかもしれないです。

あまり好きじゃない、そうでもない対象に、好きなことを無理やりでも掛けることによって、継続できるようになる可能性は大きいと思います。

もう一つ言うと、いま僕が勉強しているのはフィリピン株の投資です。投資自体は、僕は全然興味がないです。いろいろ試しましたが、全く面白いと思えず、長期ではどれも続けられませんでした。ですが、「投資」自体は、「自分が動かずにお金に働かせる」、「お金をてにして自由を得る」ための手段として僕の人生には重要だなと捉えています。もちろん、何も考えずにやって結果を得られるわけもなく、何事も勉強が必要です。でも、好きじゃないから続けられない。そこで、僕が大好きな「フィリピン」を掛けました。これも楽しく続けていけそうです。

ということで今日は、「好きなこと」のハードルを下げて、「そうでもないこと」に「好きなこと」を掛けようというお話でした。

また明日!

人と異なる圧倒的な成果を生むのは無数の「工夫」

こんにちは。石川大貴です。

さて、昨日は家に帰ってテレビをつけてたら「激レアさん連れてきました」という番組がやってました。途中からみたんですが、めちゃくちゃ面白いなと思ったので少し紹介します。

名前は忘れてしまったのですが、新幹線の車内販売をやってる方でした。

コンビニの1日の売上と同じくらいの金額を、新幹線の車内販売で売るそうです。爆売りしてますね。

彼女には、他の販売員と違う点がいくつかあるそうです。紹介します。

①バック走方

新幹線の車内販売を始めた当時のこと。
昔ヤンキーだった彼女は漢字が読めないので、車内販売員になった時のマニュアルは全然読まなかったそうです笑。

その結果、高いヒールを履いてサービスしていた頃があって、その時に揺れた影響でワゴンでお客さんの足を引いてしまったんだそう。

そのあと、お客さんの足を引かないようにと編み出したのが、後ろ向きで振り返りながらワゴンを引っ張るバック走方。

これは狙ったわけではないと思いますが、優秀な戦略の一つだなと僕は思いました。

だって、後ろ向きでワゴンを引っ張って行ったら、自然と座っているお客さんと目が合うじゃないですか。

目があったらなんとなく「買おうかな」ってなる人は多いと思います。シンプルな違いだけど、「普通」じゃないのでやってる人はみたことないし、これを編み出したのはすごいことだと思います。

②マッハ釣り銭

昔ヤンキーだった彼女は、計算もできなかったそうです笑。彼女面白すぎですね。

そこで彼女は、小学校の計算ドリルを買ってきて、引き算だけを勉強しまくったんだって。

そしたら、お釣りの計算がめちゃくちゃ早くなって、しまいには、お客さんが財布に手を伸ばす動作をする時点で(どのお札を出そうとしてるか見えるので)、予測してそのお釣りを用意しとくらしいです。

1000円札なのか5000円札なのか1万札なのか。

どのお札が出てきても、その瞬間に、即お釣りが帰ってくるわけです。お客さんにも感動を与える驚きの早さですし、時間が短縮できるので回転率が高まるってことになりますね。

③山形弁でクイズ

昔ヤンキーだった彼女は、度胸があるので勝手に、暇をしてそうな人とかグループのお客さんに山形弁クイズを出していたらしいです笑。

そんなコミュニケーションまでしたら、買わない人はまずいないでしょう。

さらにワゴンは終点に着くまでに何往復かするわけです。

クイズの答えを、一度に完結させるのではなくて、次にワゴンが帰ってきた時に教えますね、ってやってたそうです。

これがうまい。「何度かコミュニケーションする」ということはお客さんもなんか買ってあげようかなってなります。普通なら1回しか買わない人が2回買うことになります。

紹介されていたのは3つの「違い」ですが、優秀だなと思いました。
他にも彼女は、いろんなやり方を実践していたみたいです。

人と異なる圧倒的な成果を生むのは無数の「工夫」

これで思い出したのですが、
僕は23才ぐらいの時にビジネススクールに通っていて、そこで中谷彰宏さんの授業を受けていたことがあります。本を1000冊以上出版していて、第一線を走り続けている宇宙人みたいな人です。

中谷さんが言っていたのは、ビジネスは「工夫」の勝負であるということ。

言われれば当たり前だなとは思うのですが、それがめちゃくちゃ深いことやなと稲妻を落とされた記憶があります。

「工夫」とは、
①具体的であること
②他の人がやっていないこと
の二つを満たしていることです。それ以外は「工夫」とは言えません。

セミナーや本でよく出てくるような例えば、
「お客さんのことを第一に考える」
と言ったことは工夫ではありません。

具体的じゃないからです。

その言葉を聞いて、「はい、じゃやってみて」と言われた時に全く再現できませんよね。

行動にうつせるのが「工夫」です。

例えば、九州の黒川温泉にある新明館という宿にとまった時の話です。

僕の兄貴と一緒に車で行きました。当時は、観光ビジネスの勉強を兼ねて、九州のあちこちの観光スポットを回っていました。

黒川温泉の新明館も有名どころですので、施設もそこそこ良かったし、料理もまずまずでしたが、感動のポイントはは最後の一点にありました。

チェックアウトをして宿をでる時、僕らは車で来ていたので、運転して旅館を出発しました。

出口で、旅館の仲居さんが「ありがとうございました」と頭を下げて見送りをしてくださいました。

僕らは、車を運転して道を進んで帰っていくわけですが、バックミラーを見たら、僕たちが突き当たりの角を曲がるまで、その旅館の仲居さんは一回も頭をあげませんでした。

その道は結構長くて細かったので、時間にすると割と長めです。バックミラーからずっとみていましたが、ずーっと頭を下げて見送ってくれていました。

「お客さんが見えなくなるまで頭を下げる」

これが「工夫」です。

「頭をしばらく下げて見送る」のは結構やっている人も多いと思いますが、「見えなくなるまで下げる」になるともう全然違うわけです。

おそらく忙しくない限りはいつもやっていることなので、「車であそこの角を曲がるまでには〇〇秒ぐらいの時間がかかる」と感覚的に知っているんだろうと思います。だから、一度も頭を上げずにずっと見送ってくれた。

そういう点でいうと、昨日テレビに出ていた新幹線の販売員も「無数の工夫」を積み重ねているわけです。

その全てが具体的で、他の人がやっていない。

それがあるから、人と異なる圧倒的な結果が出ただけの話です。
ひとつだけ真似すればうまくいく、というそんな単純な話ではありません。

ここであなたも考えてみてはいかがでしょうか?

①あなたの仕事(もしくは目標達成)において工夫していることは何でしょうか?
②最近あなたの身の回りで見つけた工夫(実は沢山転がっているが、大抵の人はその工夫に気づきません)はなんでしょうか?
③明日からあなたが実践できる工夫はなんでしょうか?

こうして「工夫」を無数に、地道に積み重ねていける人が、プロフェッショナルな人間だと思います。

一つや二つではなく、百個、千個、一万個と工夫重ねている人がいわゆる「一流」と言われている人や企業の正体です。日々工夫を積み重ねていきたいものですね。

向かう生き方と、避ける生き方

■自分探しの旅

人生の中で「自分探し」という言葉が頭の中をよぎる時期を、誰もが一度は経験するかもしれない。

「私ってなんなんだろう?」

「やりたいことが見つからないんだけど、どうしたら・・」

こういう人は、若者でも、あるいは大人でも意外と多いのかもしれない。
自分探しの旅に出る、なんて表現も当たり前のように使われている。

今回は、この”自分探し”という言葉にかけて、
人の生き方について考察してみたいと思う。

■二つの局面を持っている人間

人間の性向には、大きく二つの態度があるように思う。

①時代に沿って、安心して生きていたい
②今ここから抜け出して、新しい自分になりたい

前者が「保守的」、
後者が「批判的」とか「革新的」などと言った言葉に置き換えられるだろうか。

なにもこれらは、別々の人のことを指して言っているわけではない。
同じ一人の人間の中にも、多かれ少なかれ必ずこの二つの局面を合わせ持っているものなのだ。

その二つのバランスは人によってもだいぶ違うようだが、心の奥底には必ず二者が潜んでいる。

世の中的には、「保守的」が勝っている人の方が多数派であるようだ。
人は根源的に安心していたい生き物だからかもしれない。

例えば日本では、「高校→大学→大企業」のようにゴールデンルートとも言える、誰もがそこへ進めば”間違いない”と思う共通の認識がある。

「どこどこ大学へ入学しました。」
「どこどこ企業へ就職しました。」

「へ〜、素晴らしいですね。優秀ですね〜」

といった巷でよく聞く会話がそれを物語っている。

これは進路の場合だけに限らず、あらゆる世界でも通ずることだ。
どんな世界にも基準や王道なるものが存在する。

「普通」であること。

「常識」に沿うこと。

「正解」から外れないこと。

ひとたび、そこから外れていこうとすれば、人間社会は否応なしにその人間をゴールデンルートに押し戻そうとする圧力が働く。

それは家族かもしれないし、先生かもしれないし、世間かもしれない。
あるいは、自分自身かもしれない。

中には、それでも軋轢や葛藤と闘いながら、自分の人間力を信じて自由を貫いていく人間もいる。
最初は受け入れられず不遇の時代を経験する場合も多いが、批判的な姿勢を貫徹していくような者は、いずれ時代の寵児と呼ばれたりもする。

絵画界のゴッホ。
ファッション界のココ・シャネル。
IT界のスティーブ・ジョブズ。

そういう者たちが、実際に世界を変え、時代を創っていく。
これはおそらく、どんな世界であっても共通していることだと思う。

■自分を試す生き方

筆者は映画が好きでよく見ているのだが、
ジブリ「耳をすませば」の中にこんなセリフがある。お気に入りのシーンだ。

主人公のしずくは、数週間、図書館や自分の部屋にこもっては”何か”にかじりつきになっている。
そのせいでテストの点数を100番も落っことした。
家族はあまりに心配して、しずくにそのワケを聞いた。

しずくがやっていたのは、自分を試すということだった。
夢に向かって突き進もうとする同級生、天沢セイジ。セイジくんのおじさんに言われた、「君は光る原石なんだ」という言葉。
押しつぶされそうな不安と希望の入り混じった気持ちに対峙して、
しずくは自分の才能を試そうとしていたのだった。
わずか数週間で「小説」を1冊自分ひとりで描きあげた。

それを聞いた父親は、しずくにこんな言葉をかける。
「雫のしたいようにさせようか、母さん
一つしか生き方がないわけじゃないし

しずく、自分の信じる通りにやってごらん
でもな、人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ
何が起きても誰のせいにもできないからね」

ジブリ作品は時に、深いな〜と思わされる描写が散りばめられているので感動する。

■向かう生き方と避ける生き方

さて、「耳をすませば」からも分かるように
やはり、人には二つの生き方があるようだ。

①時代に沿って安心して生きていく、「避ける生き方」と、
②今ここから抜け出して、新しい自分になろうとする、「向かう生き方」である。

良し悪しの問題ではない。
生き方は主観によって成り立つものだから、優劣をつけて評価するのはおかしい。
言っておくが、生きること自体が基本的に苦難の連続であるから、どちらの生き方も大変だ。
だから、単にこれは選択の問題である。

向かう生き方を選ぶ、しずくやセイジくんは、これから荒波の中を突き進んでいくことになるだろう。
しかし、こういう人間はものすごく強かったりする。きっと”もともと強かった”わけではない。

人間というのは、自分のやりたいことや、進むべき道が定まると、一気に生命の輝きやエネルギーが増す性質を持っている、と僕は思っている。
荒波に揉まれる中で、弱い人間でもだんだんと強くなる。

しずくのお父さんが言うように、
向かう生き方は大変だ。人と違う道は、予測できない困難が伴う。

ここで、話を一気に現実に引き戻すが、
これからの数十年間は、この向かう生き方と避ける生き方の相克で苦しむ若者(若者だけじゃないかもしれないが)が一気に増えていくと筆者は予想している。

その理由はもちろん、時代背景にある。

もし未来の人間がタイムマシンを作ったとして、
1990年と2040年に行った時の、その違いには驚愕するだろう。

この50年で世の中はそれだけ変わる。
過去における50年と、現代における50年では全くわけが違う。
おそらく我々は、ちょうど歴史の転換期にいるはずなのだ。

これからを生きる者は、(良い意味でも悪い意味でも)心しておいた方が良い。
技術の進歩は否応なしに人の生き方に影響を及ぼすから、
我々の生き方は相当多様になってくる。
これからももっとそうなっていくのは間違いない。
また、子を持つ親もそれを十分に認識しておいた方が良いだろう。

■琴線に触れる体験を得よう

ところで、
「あなたの人生において本当にやりたいことはなんですか?」
という問いかけに対して即答できる人は少ないと思う。

「やりたいことが見つからない」

こういう人は多いが、やりたいことはそう簡単には見つからない。
だから、焦る必要は全くない。

しかし、
ただ待っているだけの人にはいつまで経っても”その時”は来ない。

データを取ったわけではないので正確には分からないが、肌感覚では世の中の人は、大体こんな風に大別できるかと思う。

①自分とひたすら深く向き合うことはせずに、目の前にある道を進む人:5割
②自分のやりたいことを考えるも、今ある道から外に一歩踏み出さない人:3割
③踏み出してみるも、あと一歩の所でやめる人:1.5割
④信じた道を最後まで突き進む人:0.5割

ご想像の通り、①は多く、④の人は極端に少ない。

受け身で待っているだけの人は一生「避ける生き方」になる。

「避ける生き方」から「向かう生き方」に転換するには、今ここから変わりたいと願うことが必要となるわけだが、これはただ気づくか気づかないかの問題だけであるように思う。

著名な結果を残す人というのは、若い頃に何か心の琴線に触れる体験をしていることが多い。

以前アナザースカイに出ていた映画監督の行定勲さんは、小さい頃に映画の撮影現場をたまたま見て、その魅力に取り憑かれたと話していた。

他にも、あるテレビでこんな企画があった。
日本でダンスをしている小学生の少年が、youtubeでいつも見ている憧れの世界的なダンサーに一人旅で会いにいく、という企画だった。

不安と期待をつのらせる中、一人冒険に出て、実際に世界的なダンサーに会った少年は、その瞬間がかけがえのない経験になっただろう。
英語はわからないので言葉は通じないが、そんなの関係ない。その”凄み”は、全身で感じているはずだ。
きっとこの少年は、この後もダンスの道を突き進み、数十年後に世界的な結果を残す可能性も十分にあり得る。

これこそまさに現代を表している。

私たちは、1996年に広まったインターネット技術と、更にyoutubeという新しいサービスのおかげで無料で、しかも場所に関係なく情報にアクセスすることができる。

そのおかげで、少年は世界的なダンサーのことを身近に想える。
さらに、彼のダンス動画を見て、大きな目標にして、日々自分の技を磨いているわけだ。

この少年が世界的ダンサーに憧れる背景には、このような「情報アクセスへの自由化」という時代背景がある。

そして、飛行機の発明と、航空会社の熾烈な競争のおかげでヒトの移動のコストが大幅に下がり、今の私たちは、数時間で世界中を移動することができる。

そのおかげで、少年が世界的ダンサーに会いにいくことだってできたわけだ。

つまり、この少年の物語には「移動範囲の拡張」と「移動コストの削減」という時代背景もある。

こうして、年齢も、住む場所も、言葉も全く違うのに、ダンスというたった一つの共通点によって人の心と人の心が繋がったわけである。

今を生きる私たちにとってはごく当たり前かもしれないが、昔はこんなことは考えられなかった。ものすごくハードルの高いことだった。

このように、「技術の進化」は人の生活を変えていく。

そして、今の技術の進化のスピードは凄まじい速度で進んでいる。
情報・知・人・場所へのアクセスの自由。
これからも人の行動の「選択肢の幅」はどんどん広がっていく。

そんな時代背景があるからこそ、
筆者は「向かう生き方」に挑戦する人を応援していきたいと思っている。

②今ここから抜け出して、新しい自分になりたい

そう自分で気づいたら、半分はもう解決したようなものである。
あとは、少年のように琴線に触れるような経験を得るべく冒険に出ればいい。

興味を持っても、気になることがあっても、なにかと理由をつけてほとんどの人が行動を起こさない。やらない理由を見つけるのは、とても簡単だ。いくらでも頭をよぎる。

1ステップ進んで行動を起こしたとしても、ほとんどの人が途中でやめてしまう。

逆に言えば、それさえ乗り越えれば信じる道を貫いていくことはできるのだ。
興味を持ったらやってみる。アタリだったら最後までやりきる。そう難しい話ではない。

人生は1回しかないのだ。その1回をどうするか、選ぶのは自分だ。
選択肢は、(あなたが思っている以上に)実はたくさんある。
自分と深く向き合い納得のいくものが摑み取れれば、命がパッと開いていくような感覚がきっと得られる。僕はそう思っているし、自分もそんな人生を生きていきたいなと思っている。

今日から全て”自分ごと”で仕事がうまくいく

■二パターンの反応

上司「これだと分かりにくいから、こういう風に直して」

企業の中で、上司から部下に指導が入ることはよくある。
それを言われた時、部下の反応は大きく2通りの人に分かれるように思う。

部下A(内心)「なるほど…確かにこれだと分かりにくくて次に仕事する人が大変だな。
ミスったなぁ。次はこう改善してみようか」

部下B(内心)「いや、だってさっきこうしろって言ったじゃん。指示が曖昧だから分かんねーんだよ」

■「他人ごと」VS「自分ごと」

先ほどのように、何かうまくいかないことがあったとき、必ず2種類の人間が出てくる。

Aさんは、上司から言われた事を素直に受け止め、自分の仕事を謙虚に省みている。
至らない部分があった事を認め、次はこうしてみようと改善していくだろう。

Bさんは、上司から言われた事に対して、少し感情的に反応しているようだ。
そして、できなかった理由を相手の中に見つけている。

この違いは、
仕事を他人事として捉えているか
仕事を自分事として捉えているかの違いである。

Bさんは仕事を他人事として捉えている。
言い換えれば、受け身の姿勢だ。

言われるがまま仕事をこなし、きっといつも指示待ちの状態だろうと想像できる。
何か上手くいかないことがあれば、他人のせいにする。
仕事を他人事してしか捉えていないので、卒なく就業時間が終わるのを待っている。
給料さえもらえればそれで良い、という考え方だ。

一方のAさんは、仕事を自分事として捉えている。
受け身ではなく、能動の姿勢である。

自分なりに目標設定をし、きっと与えられた仕事の中でももっと上手くやれないかと考えているだろう。時には自分から動くこともできる。

何か上手くいかない時でも、常に自分ごと。
原因を周囲に求めず、自分の仕事を反省するので、次から変えていくことができる。
給料だけのために働くのでなく、仕事を通して成長しよう、何かを達成しようという向上心とバイタリティーが備わっている。

■2つの姿勢の違いが雲泥の差を生み出す

この二つの姿勢の違いは、その人の成長に雲泥の差を生み出すのである。
そして、全く違う世界を生きることになるのだ。

これは単に、仕事の一局面だけに見られる話ではなく、
生き方の問題なのであらゆる局面で影響してくるからである。

例えば、恋愛でもそうだ。

他人事の人は、常に相手に矢印が向いている状態である。
喧嘩や気にくわないことがあった時には、すぐに相手を責める。

自分事の人は、常に自分に矢印が向いている状態。
相手を責める前に、自分に非がなかったか、どこか変えられる所がないかを考える。
このような謙虚な姿勢は、時に相手をも納得させる。

いわば、
他人事の人生から、自分事の人生に変わるというのは、「大人になる」ということを意味するのだと、僕は思う。

人にせいにするは、楽なのである。
自分のせいにするのは、苦しい。
だから、世の中には大人になっても”子どものまま”である人が多い。

これは日本の教育にも功罪があるように思う。
学校という世界の中では、テストで高い点を取った生徒が偉いと認識される。
正解のある問題を、いかに正確に解いていくことができるか。
そのために、先生が生徒に対してひたすら正解を詰め込んでいくのが授業だ。
これは受け身以外の何物でもない。

本来、実際の社会はそうなってはいない。
私たちは、予定調和の中を生きているわけではない。特に今の時代は、正解のないことが多い。
ネット社会になった今、知識を得るだけならwikipediaにアクセスすれば秒殺じゃないか。
クリエイトする力が求められるのに、学校のテストでそれはほとんど表れない。
もちろん、ここで言う知識を得るというのは受け身(=他人事)で、クリエイトする力は能動(=自分事)である。

そんな教育を受けてきた私たちだからこそ、気をつけなければならないのだ。

自分事として捉えている人は、放っておいてもどんどん成長する
自分から能動的に動けるうえに、失敗を人のせいにしないので自分で努力するからである。

他人事として捉えている人は、何をしても成長がストップする。
失敗しても常に人のせい、環境のせいにするため、自分は何も変わっていかない。

これは、世に著名な実績を残している成功者にも共通している法則なのだ。
もし、他人事の人生を生きていると思ったならば、今すぐにでも思考の転換を図るべきだ。
そうする事で、ガラリと変わった人生になっていくことだろう。

 

環境適応力-成長したければ環境を整えよう

■成長を望む人たち

「まだまだ成長したい」
「もっと違う自分になりたい」

そう願う人は、ビジネスパーソンだけに関わらず、主婦や学生などの中にも多くいるだろう。
自己啓発系の本もよく売れる時代である。

しかし、肝心の成長するためにはどうしたら良いのか?
手段は沢山ありそうだが、その中でも何を実行すれば良いのかわからない。

今日は、「環境」という面からこのテーマについて考えてみたいと思う。

■種における生存闘争

まず第一に、全ての生物において根幹をなす考え方として、ダーウィンの「種の起源」が取り上げられるだろう。教科書にも出てくるあの有名な本である。我々にも大いに関係していることだから、ぜひ認識しておくと良いかと思う。

全ての生物種は、生存闘争の中で生き残りをかけて戦っている。

いま我々が目にすることができる動物や植物の姿形は、何も神様が意図して作ったわけでは全くない。

その裏には、連綿と続いてきた進化の歴史があり、それは生存闘争の中で累積してきた変異の結果なのである。

もちろん人間も例外ではない。

例えば、ヨーロッパのとある地域にて、アカマツの木が生えていない荒野がある。
(アカマツの木は、日本でも至る所で目にするあのマツの木の種)

その場所をよく調べてみると、沢山のアカマツの低木が生えていたことが確認された。

実は、それらのアカマツは芽を出し木を大きく成長させようと必死に戦い続けていたのだが、ウシがその芽を全部食べ尽くしていたのだった。

試しに人間の手で、その周り一帯を柵で囲ったところ、アカマツは無事に成長し始めた。

つまりここでは、アカマツの生殺与奪の権利はウシが握っていたことになる。
ちなみに、ウシの生殺与奪の権利は、食物となる牧草であったり、体に住み着く寄生虫が握っていたりもする。

このように、全ての生物種は何らかの生存闘争にさらされている。

気づいていないのは、その関係(食物連鎖)が、網の目のように複雑すぎて、普段の生活では認識することが難しいからである。

他に身近な例を挙げると、
美容室などによく置いてある観葉植物で、フィカス・ウンベラータというものがある。

ハート型の葉っぱをしており人気なのだが、これはもともとアフリカ低地に原生している植物である。アフリカのそれと比べると、日本のフィカス・ウンベラータの葉っぱは3倍ぐらい大きい。

その理由は、もともとアフリカでは太陽の光を大量に浴びることができたが、観葉植物として室内に置かれればそういうわけにはいかないからだ。

その環境に適応して、少ない太陽を効率的に吸収すべく葉っぱが大きく進化したわけである。

これも、生存闘争の結果である。

■起業と生存闘争

生存闘争の概念は、あらゆる世界において通ずるので頭に入れておくと良いかと思う。

筆者は、一度ビジネススクールで勉強した後に、起業の世界に足を踏み入れた。

以前の記事(起業のスタートラインに立つ条件とは?)で記述したように、
起業の世界というのは、この生存闘争において非常に厳しい戦場であるにちがいない。

スタートアップで、0→1で何かを新しく作り出す難しさ。
少ないリソースで戦わねばならない難しさ。

大企業であれば、既に基盤があるので、それを維持すればひとまず今すぐ死ぬということは少なかろう。
また、どんな問題であっても、強大なマネーの力に任せれば解決できるという一面も往々にしてある。(大企業の世界における厳しさは、もちろんあるが)

厳しい闘いの中で、生き残れないスタートアップは文字どおり死ぬことになり、必要とされない企業は自然と淘汰されていくこととなる。

自分のことを振り返ってみると、
これまで少ないながらも様々な勉強や経験をさせてもらってきた中で、一番鍛えられたのは起業の世界にいた時だったように思う。

次々と、巨大な壁が自分たちに向かって押し寄せてくる上に、それらを一瞬でかき消すような魔法の杖も手元にない。

知識や技能が足りなければすぐにでも勉強し、相手に勝つために工夫の知恵を絞る。
自分たちの頭で考えて、自分たちの手で闘っていくしかない。

いったん、手を止め、頭を止め、闘うことを止めてしまえば、それは直ちに「死」という結果を意味するから、必然的にそうするしかないのである。

まだまだ足りぬ部分ばかりなのは自覚しているが、
それでもふと後ろを振り返ってみたら、険しい道を走っていたんだなぁと一瞬だけ郷愁の念にかられるほどであった。

■環境適応力を利用する

以上から言えることは、こんなところだろうか。

⑴人間も「環境」の力による作用を極めて大きく受ける
⑵成長したければ、厳しい環境に身を置けば良い

筆者も、「環境」の力は常に意識してきた。
環境の力というのは、それほどに大きいものなのである。

具体的には、主に4つの観点で考えてきたように思う

・スキルの観点
・文化の観点
・志向性の観点

「スキルの観点」とは、先述した起業の話がまさにそうである。
行きたい方向が決まっているならば、早くその世界に飛び込んでしまうのは一つの手だ。さらに厳しい環境であればあるほど、必然的に、それも早いスピードで、そのスキルが身につくことになる。「自分が得たいスキル・能力は、どの場所であったら一番早く得られるのか」という観点で環境を選ぶと良い。

「文化の観点」とは、要は時間の使い方や習慣、行動の振る舞いなどの話である。
これらを上質なものに変容させたいのならば、これも環境の力を利用するのが有効である。
例えば「時間の使い方」であれば、私も意志が強い方では決してないので、意図的に忙しい環境をまず先に作ってしまう。そうすれば、状況に上手く対処せざるを得ないから、下手な時間の使い方や余計な習慣は削ぎ落とされて、洗練させていくことができよう。
また、時間の使い方が非常に上手い人ばかりがいる、要はプロフェッショナルな現場に身をおけば自分も自然とそうならざるを得なくなる。

「志向性の観点」とは、人間の性向のことを指す。人としての大きさ、とでも言えようか。
”人としてのあり方”も、環境の力を大いに受ける。
自分のレベルを上げたければ、高いレベルの人がいる場所に行けば良いのである。付き合う人間、身を置く場所によって、自分自身の志向性は全く違うものとなっていくであろう。

ちなみにこれは、「割れ窓理論」と言って心理学でも説明できる。

ある都市で、窓の割れた車を一台放置したままにしてみたそうだ。そしたら、その街で次々と凶悪犯罪が増えていった、という実験結果が出た。

似たような例もある。ある都市であらゆる箇所に放置されていた落書きを全て消して、綺麗にしてみたそうだ。そしたら、犯罪率が著しく低下した、という結果が世界中で見られた。

つまり、悪事も”伝染”していたわけだ。

人間は、どこまでいっても環境適応動物である。人間の能力、スキル、習慣、性向、あらゆることが環境によって左右される。

だから、もし自分を変えたいのであれば、レベルの低くてぬるい空間から抜け出す必要がある。

われわれ人間を含む全ての生物種にとって、「環境」の力がどれほど大きいかわかっていただけただろうか?

確かに、生まれた場所や両親、国の政情など、個の人為的な力ではどうにも変えられない環境も沢山ある。しかし、変えられる環境も沢山ある。

特に今の時代は、その変動域はどんどん拡張しているように思う。

物理的に、海外などに気軽に行けるようになったこともそうであるし、
バーチャルな空間でいつでも誰とでもコミュニケーションできるようになったことも大きい。
オンラインで学習ができるサービスも山のように出てきている。

一言で言えば、「情報(知識)・人・場所」へのアクセスの自由化だ。

つまり、自分の意志しだいで、いくらでも身を移し、環境は変えていける時代になりつつあるということである。

「自分を、どこに身を置けば良いのか」をよくと考えて、実際に行動に移しさえすれば、
あとは慣性のように成長していくことができるはずなのだ。
成長したいと思うなら、まず環境を整えることから考えてみると良いかもしれない。