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ベネッセのお名前入りえほんプレゼントはなんで?

こんにちは!石川大貴です。

さて、今日はまずこの写真をご覧ください。

これは、先日子どもを産んだ病院からもらった案内でもらったものです。ファイルの上にシールがくっついていて、「お名前入りえほん、全員無料プレゼント」と書いてあります。

ベネッセが病院と提携して、配ってもらってるんでしょうね。この絵本は、赤ん坊向けの絵本で子どもの名前に置き換えて印刷してくれて、それを送ってくれるらしいです。ちゃんとした作家さんがつくっている立派な絵本です。しかも、無料です。

「結構金かかってるし、送料もかかるのになんでこんなことできんの?」と思ったらすぐに理由がわかりました。

応募するときにはメールアドレスを入れることが必須項目になっていて、「今後定期的にベネッセからのお知らせが届きます」と書いてありました。

つまりは、メルマガのリスト集めだったんですね。

一度メルアドさえ獲得してしまえば、子どもの成長に合わせてベネッセの教材を鬼のように案内することができます。子どもにはお金を使う親も多いですから、今後のLTV(顧客一人が長期スパンで使うお金のことをLongTimeValueといいます)も高くなるはずです。

この無料戦略は、かなり効いていると思います。
様々な工夫があって、おそらく相当多くの人がこの絵本を申し込んで、結果的にその後ベネッセの餌食になる人もきっと多いはずですw。

単にどの病院にも入り込んでる営業力もすごいですが、

完全無料なのに作家さんを入れてコンテンツ(絵本)の中身もしっかりしていること。

子どもの名前を入れられてあなただけのモノになりますよという特別感。

病院が案内紙を妊婦さんに渡すときに必ず使用することになる、クリアファイルに案内シールを貼っていること
(シールじゃなくて、案内冊子にしてしまうと見ない人も多いから視認率が低い。
クリアファイルの表面なら嫌でも目に入るから。
ちなみに、こういう「単純だけど効果が高い工夫」は意外と気づかないけどけっこう大事)。

「赤ちゃんの3人に1人がこのえほん持っています」という殺し文句を強調していること
(女性は脳科学的にも、同調することで安心を得るので)。

「全員無料」にはみんな弱いですし、これだけ細かな工夫がきちんと施されているので、こりゃ申し込んじゃうよなって思いました。

ということで、お名前入りえほんを全員無料でプレゼントしているのは、「無料で連絡リストを沢山取って、それから色んな商品を末永く売り込むため」という話でした。

普段の生活の中で、「なんで!なんで!」と思って普段生きてると見えてくるものがあります。

みなさんもぜひ身の回りのことをボーッと流さずに深掘りしてみてください。

今日はこの辺で失礼します。また明日!

 

起業家が実践者にならないことも考えよう

こんにちは。石川大貴です。

さて、前回の記事を読んでない方は、この後でも良いので前回の記事も読んでみてくださいね。

そこでは、「起業家は千手観音にならなきゃいけないんだ」という話をしました。

しかし、別の面から見ると逆のことも言えます。

それは、「起業家が実践者になりすぎてもいかん」ということです。説明します。

起業家は、基本的には資源がないので、次々と発生する様々な業務を経営メンバーで吸収することになります。

結果として横断的に様々なスキルを磨いていくことになるし、千手観音のようにいくつもの手を動かしていかねばなりません。前回説明した通りです。

ただ、これは「起業家」本人が「実践者」として兼任している場合です。

ここで華僑の例を挙げます。

僕が住んでいたフィリピンにも華僑がいます。
あの国は格差がとんでもなく大きいのですが、上を見たら金持ちは日本の金持ちよりも、桁違いの金持ちです。フィリピンでは、いわゆる財閥系のファミリー企業が総取りしているケースが多いです。中国系やスペイン系の人たちですね。華僑系の人も多いですね。

その人たちがやっぱりビジネス上手いな〜と思うのは、「カネやアイデアは出しても自分は実践者にならない」という点です。自分であまり手は動かさないってことです。

これは、「そんなラクして儲かるなんて」とかそんか薄っぺらい感情論で片付けてはいけない話です。

彼らは、ビジネスのことを本当に良く知っていて、ビジネスを成功させるためには、経営者自らが「実践者」になりすぎてはいけないことを、社会の(連綿と続くビジネス一族の)経験知として知っているんでしょうね。

やはり経営者本人が現場のオペレーションを全部やっていると、一番重要な「頭を使う」ことがすり減ってくるんですよね。

簡単にいったら「ゆっくり会社のことを、事業の戦略を、未来のことを、考える時間が全然ねーーー!」ってなるわけですね。

もちろん、なりたくてそうなるわけじゃくて自然と業務に追われてそうなっていくケースが多いです。

そんな時はよく社外のコンサルなんかを雇ったりもしますが、僕の持論では、考える時間を確保できるならばコンサルを雇う必要はないと思います。
「考える時間をどれくらい確保できるか」が、経営者とコンサルの出せるパフォーマンスの違いであって、本質的には、ゆっくり考える時間さえ取れれば鋭い戦略というのは経営者本人が作れると思うんですよね。むしろ、そうしなきゃいけない。

華僑の人たちはそれを経験的に知っているので、決して自分で自分の首を絞めるようなことはしません。自分はアイデアと戦略を出して、運用は誰かに任せるわけです。別にサボりたいからじゃないです。明確に分けるんですよそこは。成功するためにはその方が良いからって話です。「経営者」本人が、「実践者」にならないというのは、そういうことです。

そしてこの方式でいくと、いくつも同時に事業を回すことが可能になります。
時間が空いてるので、頭はいくらでも考えられますからね。彼らは、事業がそう簡単に100%成功するわけではないことも良く知っているので、いくつも同時多発的にタネを蒔いたりします。

その中で、うまくいくビジネスがあったら、他を捨ててその苗を育てていきます。何事もやってみないとわからない。だから、何発も事業を動かしていって、挑戦の回数を増やすわけです。ホント天才っすね。

「理屈は分かったけどそんなの金持ちしかできねーじやん!」ってツッコミが聴こえてきそうですが、僕もその通りだと思います笑。。はは笑。

まあ、とにかく。今日の本題は「起業家」はあまり「実践者」になりすぎないで、頭仕事に時間を使った方が良いよ。というお話でした。

今日はこの辺で。一日ポジティブに生きていきましょう!また明日!

 

「起業家」と「企業で働くサラリーマン」は全然違う!

こんにちは、石川大貴です。

さて、今日はビジネスの話です。

どちらかと言えば、「これから起業を考えてるひと」向けのお話です。

ぼくは、「起業」と「大企業」の業務をどちらも経験したことがあります。

それでやはり、企業のなかで働く人と起業家という生き物は、全然様子が違うな〜と感じました。

まず起業家は、千手観音にならなければいけません。

起業家の業務は、単一ではなく、常に流動的です。

人が恒常的に足りないのがベンチャーなので、発生する業務は経営メンバーで吸収することも多いです。

もちろん、専門性を要する業務、自分たちで能力が大幅に足りない業務、事業を成長させる上でスピードや質が求められる業務などは、費用に見合うだけの効果が見込めれば積極的に外部へアウトソースします。

それでも、やらなきゃいけないことは沢山残ります。

僕の経験を振り返ってみても、事業計画の作成や、登記などの手続き系から始まって、ウェブサイトのラフ作成、リスティング広告の運用、広告用クリエイティブの作成、SEOの向上、採用活動、社内の育成と調整、お客様の対応、飛び込み営業、社内のトラブル対応、競合先の調査、収支計画の作成、ウェブサイトのアクセス解析、戦略策定、経理処理などなど。

初めてやる業務だらけでしたが、それなりのレベルではできるようになったと自負しております(ホンマか笑)

とにかくベンチャーは、事業のフェーズによって次から次へ必要な業務が発生してきます。

初めて起業する人にとってはどんな業務が待っているのか予測することもなかなか難しいと思います。

千手観音になって、とにかくなんでもやらなきゃいけない。それが起業家です。

知らないです。やったことがないです。当たり前ですが、そんなことは言ってられません。

自分で考えて、自分で学んで、自分で実践して、自分で改善していかなければいけません。社内には教えてくれる人はいないわけなので。

なので、ベンチャーで重要なスキルというのは、実は「学習能力」そのものだったりします。

なぜなら、業務が流動的であり、次々と出てくる業務に柔軟に対応していく必要があるからです。学習能力が高ければ、まあなんでもやっていけるからです。

企業は、この逆と捉えてもらったら大体その通りのイメージだと思います。

そもそも企業というのは、分業化が進んだ先に生まれた仕組みです。

人間社会そのものを見てもそうですよね。

もともとの原始的な時代では、まず家族、親族単位で行動していて、そこから時間軸が進むにつれて、村ができて街ができて、都市ができていくわけです。

みんながみんなの家族単位でそれぞれの家族が、道具を作って、狩りにでかけたりするよりも、村社会全体単位で、道具を作るのが得意な人が道具をつくって、狩りをするのが得意な人が狩りにでかける方が生活は豊かになります。効率が良いからです。

「作った道具」と「狩りで得た獲物」を交換すればお互いに、よりハッピーになりますよね。
人には、今も昔も向き不向きがあります。大昔だって、手先の器用な人間と、スポーツ万能な人間がいたはずです。

道具作りに専念すれば、それだけ経験の蓄積も増えるので技能レベルもあがります。新しい道具だって発明されるかもしれません。狩りに専念すれば、狩りの習熟レベルはぐんぐん伸びます。新しい手法や新しい獲物も開拓できたかもしれません。

いつの時代にか、誰か天才的な村長さん一人が、「よし明日から分業しようぜ!」ってひと振りして始まったわけではありません。

そもそも世の中は、富を求めるならば分業されていくという仕組みの上にあるので
「それぞれの人間が、それぞれよりよい生活を求めたら自然と分業制になった」って話です。

これが分業です。社会は、自然と分業化していくんです。
仕組みとしてそうなっていて、分業のプロセスを経て発展していきます。そして、1700年ぐらいから始まった産業革命以降にこの分業化は、トンデモない勢いで一気に進みました。

企業ではある程度大きくなっていくと分業化を進める方が合理的です。つまり、「あなたはこれだけやって」、「あなたはこっちをお願いね」、「あなたはこっちね」ってゆう話です。
逆にいうと、「そこから逸脱するなよ」「分際をわきまえてね」と悪くいうとそういう一面もあります。

仮にも、みんながみんな好き勝手に動いて、分業せずに個々が横断的に様々な業務に手をだしたら会社全体としての出力は下がります。個々の責任感や充実感は増すのかもしれませんが。数十人規模などまだ小さい規模なら可能かもしれませんが、それ以上大きくなったら無理な話です。

そんな社会の仕組みや、企業の仕組みを背景にして考えるとよく分かります。

分業制である企業の中では、業務は「単一的」になっていくし、「固定化」していきます。
色々手を出すより、一つのことに集中して時間を注ぎ込む方が効率的ですからね。自然とそうなります。むしろ、それが健全といっても良いかもしれません。だから、起業家が千手観音ならば、企業人は大仏さまですね。「二本の手で十分だからちゃんと専門化して、その分野だけで良いからちゃんと高い成果だしてね」って話っす。

転職する人の多くが「大きな歯車の一部になるのが嫌だ」と言う人が多いですが、それもそのはず、当然です。大企業からしたら社員は一つのパーツに違いないわけですし、もっと言えば社会からしたら、職業ということ自体が一つのパーツなわけですからね。そうやって社会はできてる。逆に、分業しなかったら全体として豊かな生活はできなくなります。巡り巡って、自分にも返ってきます。

話がいつも通りそれましたが、
起業家と企業人ってだいぶ違いますよね。

ここから何が言えるかというと、だから

「起業で成功したいから、一度企業の中で修行する」という人がよくいますが、
ぼくはナンセンスな選択かなと思います。

だって、全然違うもん。

「起業がしたい」のであれば、さっさと起業した方が良いと思います。失敗するにしても、はやく起業の失敗をするべきです。

もちろん企業の中で長年修行したとして、得たズバ抜けた一流のスキルは武器にはなるでしょう。
営業とかITとか。でも、さきほど言った通り起業の中で必要な力は流動的であり横断的なので、企業の中でそれらを全部養っていくのは厳しいと思います。

だから、結論としては、

「これから起業を考えている若い人は、どうやったら最短で起業できるかを考えた方が良い」
ですし、
「いま企業の中で働いていて起業したいなと思ってる人は、いますぐにでも辞表を出して起業したら良い(できなければ週末起業とかしたら良い)」です。

理由は、起業と企業の中で働くことは全然違うから。はい、以上!

ただし、例外があります。
①「どうしても思い入れの強い業界があって、その業界で起業しようと思ってる」場合と、
②「事業をやる上で相当キーポイントとなるスキルが明確である」場合です。

まず①ですが、「業界知識」というのは起業の成否に関わってくる無数の要素の中でもめっちゃ重要な一つです。業界の中でドップリ浸かって、誰も知らないような業務特有の知識を知ってれば、それだけでイケイケのビジネスモデルができる可能性があります。間違いなく強みになります。逆に、業界に関してあまりに無知だと、起業した後に「業界知識」を学習していくはめになるので、特有の業界構造のワナにハマってしまうリスクもあります。「うわ〜、知らなかったマジか!このビジネス上手くいかないじゃん!初めから知っておけば…」と残念な感じになることも。なので、業界を決め打ちしてる場合は、まず企業に入って働けば深く業界を知れるので、戦略としては極めて有効かと思います。スキルも身につくし。

そして、②の「事業をやる上で相当キーポイントとなるスキルが明確である」場合では、例えばですけど、ブロックチェーン関連で起業したいなどのケースです。この場合は、その知識とスキルそのものが、他社との優位性、事業の成否に大きく関わってきますので、まずその分野でゴリゴリの一流になるのは戦略としてアリです。「学ぶ」という意味では、分業制の権化とも言える企業の中にはたくさんの知恵が詰まってますし、教えてくれる先輩もいる、しかも給料も貰えるわけですから、使わない手はないでしょう。特定のことを学ぶ環境としては、最高なんですね。

さて、なんとなくイメージは掴んでいただけたでしょうか?

今日は起業人と企業人という観点でのおはなしでした。少しでも参考になれば嬉しいです。ではまた明日!今日も一日頑張っていきましよう!

自分の無知を知ることから、キミの成長は始まる

こんにちは。石川大貴です。

今日はちょっとした思い出話をします。

以前の記事の中で、「孤独は、人間を成長させる」という話に触れました。

なぜ、僕が孤独になって友達を一人もつくらなくなったかと言えば、それにはきっかけがあります。

ちなみに僕はバリバリの運動部で仲間と騒ぐのも好きなので、もともと陰気キャラなわけではないです。むしろ逆です。

ですが、しばらく「孤独になろう」と思ったのは、「やばい、とにかく成長しなきゃ」と思ったからです。

そのためには「普通に」努力していたのではダメで、「圧倒的に」勉強しなきゃいけないと強く思えたからです。

だから、いろいろ切り捨てて「時間の優先順位」を考えていった結果、いつのまにか孤独になっていきました。

成長しなきゃ、圧倒的に勉強しなきゃと、思うようになったきっかけがあります。

大学を休学してフィリピンに住んでいた時の話です。

その頃僕は、毎日街の中を自由気ままにブラブラする生活をしていました。話がズレるのでここでは掘り下げませんが、一番の目的は、貧困を知ることで、日本とは違う社会を深くみたいなと思ってました

住んでた家の近くに、日本食レストランがあって、そこの定食が超安くて超うまいのでたまに通ってました。

いつも店の端っこの席で、パソコンを開きながらゆっくり時間を過ごしてました。

ある日のこと。

いつもどおり、定食を食べ終わってゆっくりしていたら、対角線上の反対に座っていたオーナーのおばちゃんから声をかけられました。(このレストランのオーナーはいつも店のテーブルに座って仕事をしている)

僕ばしばらく通っていて、その店のことは知り合いを通じてよく知ってました。

オーナーに初めて声をかけられました。

「あんた何歳?」

「23です」

「はっ笑。小僧だねぇ」

改めて、確認しときますが、お互い初めての会話です。お互い知りません。

(しかも、遠くから話かけられてるから、超声がでかい)

なんか自分で今書いていて「なにこれ?ワンピースの話?」と思いそうですが、マジであった話です。

僕は、意味がわかりませんでした。

意味は、わかりませんでしたが、なんとなく意味はわかりました。(何をいっているんだ笑)

ちなみに、この方はフィリピン界隈の人はすぐ分かると思います。フィリピンでビジネスを30年続けてこられたビックマムみたいな存在です。(ちなみに、見た目は巨漢で、それなのに超軽快で、髪は確か赤色だったかな。服はいつもド派手のカラフル。女性です。)

フィリピンで、ビジネスを30年やってくるということは、並大抵じゃないです。生き残るだけでも、至難の技です。というか、日本人オーナーで本当に殺される人もいるくらいの国です。殺し屋が今も普通に存在してます。ビジネス環境もまだまだグレーゾーンが多く、チャンスも多い一方で、いわば「やったもん勝ち」みたいな一面も強くあります。そんな場所で、しかも年商数億規模です。マジですごい人です。

そんな人からしたら、

23才なんて、ほんとに若造で小僧中の小僧です。

世の中のことをなんにもわかっちゃいない。

ちょうどこの頃、僕は街を歩きまわっていて毎日いろいろな光景を目の当たりにしている所でした。

初めての国ということもありますが、ぼーっとして生きてきてよく考えたら自分は「何も知らないんだな」ということを感じ始めてる時でした。

世の中にどんな人がいるのか、

どんな人がいて、何を感じて生きているのか、

どんな問題を抱えていて、なにを大事にして生きているのか、

人に関しても、実は分からないことだらけ。周りの人も実は深く知らないし、遠くの人のことも何も知らない。そして、街を歩いていても、

この建物はなにをやっているんだろうか?

この看板はなんなんだろう。

同じ商品がいろんな場所にあるけど、どういう流通経路になっているんだろう

まちのお金の流れってどうなっているんだろう

気になりはじめて、疑問を持ちはじめたら、「あれ、おれって世の中のこと何も知らないんだな」ということに気づきました。よく知っている(と思い込んでいただけの)日本では、得ることのない感覚でした。全く初めての国だったからこそ、フラットに疑問を持てて、無知を悟りました。

そんなタイミングでの、ビックマム(ってもう呼んじゃってますが)からの「小僧だねぇ」発言。

僕のぼーっとした顔がそれを言わせたのかもしれません。

まあ、普通の会話としては意味がわかりませんが、僕が言われた「小僧」という言葉には、本当にスーッと腑に落ちたというか、「その通りだな」と思ったのでした。

これが、きっかけです。

このあたりから、「あ、やばいな、成長しなきゃ、圧倒的に勉強していかなきゃな」と思うようになりました。

ちょうど、やりたい自分の方向性が見えつつあった時期でもあったのでなおさらです。

結論としては、

僕の例はあまりに突飛だと思いますが、読者の中で、仮にいま「自分の無知」や「不甲斐なさ」を少しでも感じる境遇にいる人がいれば、僕はあなたにエールを送りたい。

無知を悟るような経験は、少なからず誰にでも訪れるはずです。そして、「何も知らない、何もできないこと」を知ることは、かならず成長の糧になります。その素直さは、とても素敵な感性であり、才能だと思います。(弱さを認められない人も多いですからね)。無知を知り、人は強くなっていくんだと思います。ここから頑張っていけば絶対に届きます。

ということで今日は、キミの成長は、自分の無知を知ることから始まるよというお話でした。また明日!

「孤独」は自分の成長をつくり、「友人」は幸福をつくる

こんにちは。石川大貴です。

今日のお話は、孤独と友人について。

僕は大学を中退してからというもの、本当に友達がいませんでした。

フィリピンへ行っていた時も、日本人で唯一つるんでいたのは一緒に住んでいた30代後半のおっちゃんだけでした。日本へ帰ってビジネス頑張ってる時も誰とも会わない生活をしていました。

今の奥さんとも遠距離恋愛で、3年半の遠距離で会ったのは合計3日間だけです。とにかく生活のほぼ全ての時間を「自分の成長」のためだけに使っていました。

優先度を考えて、「時間を何に使うのか」の明確な判断軸を持っていたので、
「友人に会う」ことはあえてしませんでした。

4年くらいはそういう生活を365日続けてました。

そうなると必然的に友達はいなくなるわけですが、ここ最近家族ができたこともあり、
少しずつ(本当に少しだけど)友達と普通に会ったりし始めました。

そんな生活をいざしてみると、これはこれで「かなり幸福度が高いな」と思い始めています(これが当たり前の感覚なのかな笑)。どちらも経験したからこそ自信をもって言えることです。

・一緒に食事をする
・お互いの家を行きあう
・もらい物をしたり、何かをあげたりする
・お互いのイベントごとがあったら自分のことのように喜び、つらいことがあったら心配してくれる

全て僕がこれまで捨ててきたものだったので、この何気ないことがとても幸せに感じます。

「孤独」と「友人」

今回言及しておきたいのは、「孤独になること」は人生の中ではとても大事な意味を持ってくるということです。

今のデジタルネイティブの若者は、常に誰かと繋がっている時代です。
「孤独」であることを経験する人が減っているように思います。

若い時の孤独の数年間は、本当に有意義な時間を僕にくれました。

不思議なもので色々と動き回っている中で、「あ、僕も友達全然いないっす」みたいな人に会うことも多くて、そういう人は例外なく「どこか面白い」人でした。何かしらの「芯」を持っていると感じる人で、実際優秀な人が多かったです。

孤高の期間は、自分だけの世界観を作り出します。

周りになびくこともなく、自分のための時間もたくさん生まれるからです。
「自分」が確立されていく、孤独であることは人として成長するための条件にすら思えます。

孤独と友人。

どちらも素敵な時間をくれますが、死ぬまで孤独でいるのも相当覚悟がないときついと思うので、友人は少しずつ作って大事にしていくことも幸せにつながると思います。

いつの時代も、幸福になるのが人生の目的だと思っています。

人生のライフステージに合わせて、孤独である時期と、大切な友人との付き合い方も考えていきたいものですね。

大学に行くことに意味はあるか考えてみる

こんにちは。石川大貴です。

さて、今日のテーマは「大学」です!

 

日本には確か私立・公立合わせて800ぐらいの大学があったかと思います。
確かそのくらいだったと思います。とにかく、日本には沢山大学があります。

数だけの話でいえば、実はこんなにたくさんの大学はもう必要ないと、僕は思っています。

ご存知の通り日本の人口は減り続けてます。2018年、つまり昨年を機に、大学入学する人数は確実に減っていきます。人口動態的に、間違いなくそうなります。

おそらく大学は、存続の危機にさらされる試練の時期でもあると思うので、潰れるなり、形を変えるなり、何かしらの変化が起きてくると思っています。

大学の歴史というのは、結構面白くて、本当にもともとの起源はヨーロッパだったかと記憶してます。12世紀前後くらいだったと思います。諸説ありますが、「ギルド」のような形で自治組織として作られたのが大学の走りです。つまり、純粋に「自分たちで色々学ぼうよ」ってノリで作られたものですね。

そこから世界へ広がっていく過程で、各地の社会事情に合わせて「大学の仕組みや役割」は異なっていきます。

1700年頃に徐々に産業革命が始まって、19世紀、20世紀には一気に商業社会、工業社会へ変わっていくわけですが、その中で特にアメリカで大学は栄えました。
アメリカでの大学は、今の日本の大学のイメージに近いと思ってもらっても良いと思います。
(ただし、日本よりもちゃんと勉強させるし、厳しいっす)。
似てるのは当然で、日本の大学制度は主にアメリカ式の大学制度を輸入したものだからです。

社会の変化を見る上で、「大学進学率」は一つの指標として面白いです。
日本では、1960年とかそこらでは大学進学率は相当低かったです。確か20%も行かなかったはずです。(さっきから、ぼんやり記憶で話してるのでざっくりと聞いてねw)

つまり、エリートだけが行く場所です。
大学は、高給な仕事につくために必要なスキルや能力を身につける前段階の準備、その教育機関として機能していたわけです。

お金もかかるし、
(「お金」というのは、学費だけじゃなくて、学ぶ間の時間の猶予も含めて。だって大学に行かない人はすぐに働きに出て収入を得られるわけなので、学ぶには生活費、時間の猶予が必要です)

しかも試験のハードルも高い。
誰もが行ける場所ではありませんでした。しかし、その分「高い」能力を身につけるのにある程度の機能を果たしていいたのだろうなと推察します。

そのあとは、みなさんご存知の高度成長期に突入します。
1960年代から、日本の「大学進学率」はぐんぐんと上昇していきます。この数十年で大学の数もどんどん増えていきました。

それだけ、商業・工業が成長して、「高給な仕事」の需要が増えてきたとも言えますね。
とにかく、高給な仕事につくため、社会にとっても使える高能力の人材を作るために「サラリーマン養成機関」として、大学が機能してきたのだろうと、僕は思っています。

大学進学率はぐんぐんと伸び続けて2000年代には50%を超え、近年では60%にも届く勢いです。
二人に一人以上が大学へいく時代になっているのが今の世の中です。ちなみに、先進国はだいたい「大学進学率」は50%を超えています。お隣韓国も60%超えていたような気がします。

つまり、大学は大衆化してきた、ということです。

さて、ここまで社会全体の話をしてきましたが、ここで話を僕個人の例に一気に引き離します。

今日考えたいのはズバリ「大学に行くことは意味があるのか」です。

みんなが気になることだと思いますし、今の時代よく考えた方がいいだろうと思っています。

僕の子供も「大きくなったらどうさせるか」は考えておきゃなきゃいけないなと思ってます。

じゃ、話をしていきます。

僕は、1年の浪人を経て東京外国語大学へいきました。
外国語ではNo1の学校なので結構レベルは高い大学だと思います。

それで、僕は7年間ほど在籍しのちに大学を中退しました。うち3年ぐらいは休学してました。

中退した理由は、「自分がやりたい方向性が定まってきて、大学にいることは時間がもったいなくなったから」です。

ただ中退したからと言って、安易に「大学は意味がない」と結論づけるつもりはありません。

まず
①選択肢の幅が広がる
②時間の猶予が得られる
③興味があれば学べる
の三点で大学には価値があると思います。説明していきます。

①選択肢の幅が広がる

言わずもがな、これは就職の話です。レベルの高い大学へ行くほど、いわゆる高給の企業や大企業に入れる確率は高くなります。東京外大でも「良い」就職先に行く人が沢山いました。今の時代でも学歴は立派に機能していると思います。「学歴だけで判断するなんて!」みたいなことがよく叫ばれますが、仮に僕が採用担当だっとしても、学歴は一つの指標として加味します。まあ、当然の話だと思います。受験をパスしてきた、少なくとも試験や論文を乗り越えてきた、という意味である程度の訓練は受けてることを意味します。全く何もしてこなかった人間と比べるならば、まだ信用があるのは当然っちゃ当然です。大手の採用担当も大卒なはず(=自分も同じ苦労をくぐり抜けてきた)ですから、そうなるのは当たり前です。
(でも、大学行ってない人でも、例えば「中学生の頃から自分で作曲にハマって曲を作りまくって、この前テレビにも出ました」みたいな変人がいれば僕は問答無用でそちらをとります)

②時間の猶予が得られる

これは結構でかいと思います。僕がこれを活かせたパターンですね。普通大学へ行くということは、「働くまでに少なくとも4年間の時間的猶予が得られる」ことを意味します。そうじゃない人は、すぐに働いて収入を得られる訳ですが、大学へ行く人はそうではありません。収入もないくせに、学費も生活費もかかります。機会損失がある代わりに、時間を得られます。
高校を出るまでに、「自分がやりたい方向が定まっている」人はかなり少ないと思います。僕もそうでした、ボッーとして生きていたので何も考えてませんでした。日本だと、こういう人が大多数だと思います。チコちゃんにみんな怒られるのが日本です。その場合には、大学へまず行って、 在学中に「自分の方向を定める」ことは戦略としては大ありだと思っています。ただし、最悪なのは「方向も定まらない、勉強もせず何も学ばない」ケースで、僕はこのケースが今の日本で一番多いんじゃないかと思っています。学費は、国立だと年間60万ぐらい、私立だと倍の年間120万ぐらいかかるわけです。要は、ただ遊んで時間を浪費するためにそれだけのお金をかけてるようなもんだと僕は思っています。それなりの所に就職するんだったら、別に大学に行かなくたっていいじゃんと思います。それに働く前に「遊ぶこと」が目的なのであれば、1年ぐらい集中して、日本でも世界でも自由に飛び回って遊んだ方がよっぽど効率が良いと思ってます。遊びは、やりすぎると大体飽きます。
つまり、「大学へ行って時間を浪費する」パターンが最悪で、これは絶対に避けたいなと思うわけです。

大学がまだ「サラリーマン養成機関」として機能していた時代、社会にまだまだモノがなく豊かではない時代でしたから、「豊かになろう」がみんなのゴールでした。わかりやすい時代です。みんなで一つのゴールを目指すわけです。

その頃は企業のライフサイクルも長かったです。「一度企業に就職すれば定年まで働ける」は、普通にみんなが持っていた感覚でした。しかし、現代は企業の寿命がだんだんと短くなっていて、昔は企業の寿命が60年とか言われてましたが、今では10年単位で会社も生まれ変わります。新しい企業が出ては、古いのが衰退して行く。確かに変化の激しい時代です。
そうなると、「一度企業に就職すれば定年まで働ける」は成立しません。つまり、職能(仕事に必要なスキル)も一つではダメだし、新しいことをどんどん学んでいかなきゃ行けない。

そういう意味では、大学のうちに少なくとも1つ専門性を身につけておくという経験はとても大きな軸になります。年をとって変化しなきゃいけなくなったとしても、軸が一つある人間は他のことだって学んで行けます。強いです。

あるいは、大学のうちに様々なことに挑戦して、複数のことをしっかりと勉強・経験することもすごく有意義だと思います。これからの時代にもあっています。

そのどちらもせずに、何も勉強しない、何も経験しない、ただ部活をやってバイトをやって、遊んで、卒業は最悪です。めちゃくちゃお金が勿体無いと思います。

僕も子供が大きくなったとき、高校卒業してまだ「自分の方向性」が定まってなくて、本人が「大学へ行きたい」と行ったら、進学は考慮します。
ただし進学した場合は、大学の「外へも出る」ように促します。僕がやりたい方向性が見つかったのも、大学を休学してフィリピンへ行ってからでした。留学でもないし、語学学校でもありません。ただ、好奇心に任せて動いていたら偶然導かれるように、自分の方向性が見つかってきました。学校の中には予定調和しかないので、とにかく外に出るように環境を整えてあげます。

あるいは、子供が特に「時間の猶予」だけが欲しいのであれば、他の選択肢も考えると思います。時間の猶予を得るために大学へ行かすのは、はっきり行ってコスパが悪い。(優等生で真面目に大学でも勉強を続けて、一流企業に就職するような子なら別ですが、多分チャランポランな僕の息子はそうならないと思うので。)
海外に興味があれば、とりあえず海外へ放り込むし、例えば音楽とか絵画とか、あるいは職人とかなんでも良いけど何か興味があるのであれば、修行できるような、本物に触れられるような環境に放り込む(ことを提案する)と思います。

③興味があれば学ベる

これは、大学の中身自体の話ですね。僕は、「大学の授業自体には価値がある」と思っている立場です。ただし、一番重要なのは「興味があれば」という枕言葉です。

本人に興味がなければ、前述のとおり大多数の大学生はダラダラします。チコちゃんに怒られるパターンです。ただ「単位を取るために」勉強するだけです。これははっきり言ってめちゃクソ意味がないと思います。知識も残らないし、別に興味もないから脳みそも喜ばないし、自発性ももてない。ただの作業になります。だから、子供がその分野に強い関心興味を持っていれば、大学は価値を発揮しますし、そうでない場合は「ほぼ学ばないよ」と思ってもらって良いと思います。

なんだかんだ言っても、大学にいる教授は(どこの、どのレベルの大学であっても)その道を何十年も突き詰めてきた専門の人です。変人です。
その人が話す講義は、興味を持って聞けば面白くないはずがなく、学べることはたくさんあるでしょう。ちなみに、僕は自分の学校はかなりサボってましたが、他の大学の授業に出てた時期もあります。歌舞伎や能の講義とか、企業の歴史とか。どんな分野であっても、学べることは確かにあります。

だから、僕の子供も高校までにすでに特定の分野に強い興味を示せば、その大学へ進めることは考えますね。あるいは、専門学校でも良いです。ただし、そうじゃない場合は、先ほど言った通り、「大学進学で時間的猶予を得て、外で色々経験させる」か、「大学以外の選択肢を考える」ですね。

以上、いつくかの観点で「大学は意味があるのか」をみてきました。

ご自身のケースに当てはめてみて、ぜひ考えてみていただけると僕も嬉しいです。そのあとの人生に大きく道が変わってくる選択だと思います。幸せな人生になることを祈っています^ ^

では、今日はこれで。また明日!

起業したければ、一歩目で躊躇するな

こんにちは!石川大貴です。

さて、今日の内容は「起業の最初の一歩で躊躇するのはもったいないよね」という話です。

起業する場合は、まず会社を作る必要があると思います。

年間で起業する件数は5万件ほどあるそうで、最近右肩上がりのイメージです。中学生でも起業する人が出てきているくらいなので、その影響はじわじわと広がって起業が「一つの選択肢」としてもっとメジャーになっていくだろうなと思っています。

僕が最初に起業に興味を持ったのは大学生の時でした。

ですが、実際に起業に挑戦できたのはそれから4年くらい後です。色々と回り道をしていたので、それはそれで無駄にはなりませんでしたが、ちょっと後悔もしています。

起業で成功したいのならば、ビジネスはなんでも良いのでさっさと起業して実戦で経験を積み上げて行くことが一番早いと思っています。

ともかく、今日言いたいことは「みんな走り始めが遅いよね」という話です。僕もそうだったので、昔の自分にげきを飛ばしてやりたいです。

例えばですが、まず最初に頭に浮かぶこととして「どうやって会社作ったらいいんだ」という問題があると思います。

大学生の時なんて、ビジネス経験もなくて右も左もわからない状態がほとんどだと思います。
それで「起業したいけど何をしたらいいかわからない」状態に陥る人は多いのかと。

実際に起業を経験した今だから言えることですが、一つ一つ調べて、進めていけば着実にコトは進んでいきます。わからなかったことが、必ずわかるようになっていきます。
成功させるのは簡単ではないですが、始めるだけなら超簡単です笑。

「あれ、どうしたらいいんだろう」で止まっているから何も進まないわけです。

僕も何かとつけて、すぐに調べる、考える、やってみるという習慣がなかったので随分と時間がかかってしまいました。そうなると現状維持の日々が続いてしまいます。

やったことのない人にとって、何事も未知のことはハードルが高く感じがちです。まるで霧の中に迷い込んで何も見えないような感覚です。

しかし、それは錯覚です。実際は超簡単で、たとえば会社の作り方であればグーグルで「会社 作り方」などと調べたら、今の時代はいくらでも情報が出てきます。ただ、それをすぐやるか、そのまま放っておくかがその後大きな分かれ目となります。

法人登記は、もうかなり簡単になっています。

自分でやることも可能です。「freee」さんのサイトを使ったりすれば、ただ質問に答えて行くだけで提出用の登記書類が出来上がります。後は手順通りに手続きを進めるだけです。トータルで20万ぐらい用意すれば会社は作れます。

士業にお願いする場合は、法人登記をやってくれる所はたくさんあるので行政書士や税理士さんにメールすれば済む話です。ただそれだけです。

今回言いたいことは、
「みんな最初の一歩がわからなくて躊躇しがちだけど、始めてしまえば案外楽勝だよ」です。

やりたいこと、なりたいものがみんなあるかと思いますが、一歩一歩進めれば確実に進めます。叶えていきましょう。

また明日!

高い店はこうして作られる。日本料理【龍吟】

こんにちは。石川大貴です。

さて、今日は前回の記事の続きです。

前回は「世の中は二極化していくんじゃないか」というお話をしました。
それは、
①安い店
②高い店
の二つです。

①安い店が、なぜそうなるかと言うと、
・あらゆるgoodなサービスは真似される運命にあるから。
・人々は「同じ」でいいならば、安い方を買うから。
・他社が価格を下げたら、会社は追随して価格を下げる価格勝負に陥るから。
・結果として、コモディティ商品は価格が下がり、シェアと効率の勝負になっていく。
という世の中のシステムですね。

一方で②の高い店は、
・「唯一」であることが長期的に保たれる何かしらの理由を持っている
という点で、高い価格で勝負することができます。

②の高い店のなかでも、特に印象に残っているお店があるので、今日はその体験を紹介したいと思います。

東京にある「龍吟(りゅうぎん)」という日本料理レストランです。今は日比谷に本店を移したそうですが、まだ六本木にある時に行きました。

ミシュランで3つ星を獲得したお店です。東京では、ミシュラン3つ星店は13店舗しかありません。

このお店の場合は、「カリスマシェフが経営している」という点で「唯一」のお店です。他には絶対に真似できません。

山本征治さんという方がやっています。

「カリスマ」ということで、まずは山本さんご自身の圧倒的な努力、積み上げがあります。

NHK「プロフェッショナルの流儀」にも出ているのでその動画を観ると良く分かると思います。「寝る食う以外は、全て料理」という人生をずっと続けて来られた人間です。尊敬します。

じゃあ、カリスマになれればそれだけで成功できるのかと言えば、全くそうではありません。龍吟には、確かな「世界観」があり、それを体現する無数の「工夫」がなされています。

まずはwebサイトからも見て取れると思います。龍吟のwebサイトからも「ん、これがレストラン?」と思うような、他とは違う点を感じられると思います。見た目もそうですが、料理に対する考え方、ストーリーが存分に表れています。

「日本料理 流吟」webサイト
http://www.nihonryori-ryugin.com/

予約の電話もとても丁寧で、アレルギーや好き嫌いまで聞かれます。予約の日が近くなると確認の電話などもしてくれます。

龍吟では、1組1組によってメニューが異なったりします。アレルギーや好き嫌いによって変えるのはもちろんのこと、何度も通っているお客様には飽きさせないようにと、違う物を出したりもします。

当日レストランに行くと、まずは入り口の入る前から「お香」の香りがしました。「料理」だけが全てではなく、一つの「体験」としてあらゆる演出をします。食事の前に少しの間待たされるウェイティングルームでは、山本征治さんのプロフェッショナルの流儀が大きいTVで流されていました。ずるい演出です笑。食べる前に、こんなの見せられたら絶対上手いだろうなと期待してしましまいます。

そのあとに、席に通されます。

受付係は女性で、料理を出すサーブは全員男性でした。カチッとした服ですごく素敵な人たちです。立ち振る舞いもめちゃくちゃかっこいい。お酒の資格も持っています。

確かコースで大体3時間超の内容だったと記憶していますが、とにかく全てに圧倒されました。料理自体も、日本料理の創作料理なので「こんなの見たことないよ」という内容でした。

味に関しても、コースの一品目から度肝を抜かれる感じです。そこから最初から最後までずっとサプライズの連続です。料理人の覚悟を感じるお皿しか出て来ませんでした。なんというか、山本さんの「生き様」を感じます。(これも、食べる前にプロフェッショナルの流儀を見せられたことや、店の雰囲気などに影響されてることはいうまでもありませんが。)

あゆの塩焼きなんかも、僕が知ってるあゆの塩焼きではなかったです。料理がくる時には、風鈴がつけられてた竹籠の中にお皿を入れて運ばれてきます。まるであゆが泳いでいるかのように自分の皿の上にのっけられます。五感全てを使って楽しませてくれるのがこのお店です。一口かじると頭の中で知ってるあゆの食感とは全くかけ離れているサクサク感。まさに絶品。器、皿、演出、味、どれもが最高でした。

さらに日本人や外国人、年齢などによっても、同じメニューであっても濃さ薄さを若干調整しているそうです。出すタイミングにもこだわっていて、1組1組のお客さんの食べるペースを見ながら料理を作っていきます。とにかくそのお客様にとって「ベスト」な状態の料理を出すことが哲学で、そのためには一切の妥協はしません。料理のためにやれることは全てやる。「一切の妥協がない」ということの覚悟は、実際に食べたらすぐに本物であることがわかります。

コースで、一人3万5000円くらい。プラスお酒代が入って一人4、5万くらいだったと記憶しています。

行く前は、ありえないほど高いと思ってましたが、行った後は「安い」とすら感じました。それだけ、「他にはない体験」でした。時間と苦労、いや人生そのものが注ぎ込まれていることを感じ、独自の世界観が圧倒的な非日常体験でした。ここに来ずに、人生を終えるなんてもったいない、とすら思います。

「どうやって高い店を目指すのか」という意味で、何かしら参考にできるお店だと思います。機会があったらぜひ行ってみてください。

今日はレストランの思い出話になりました笑。この辺で失礼します。また明日〜!

起業を考えるならビジネスモデルの軸をズラそう

こんにちは!石川大貴です。

さて今日は、ゴリゴリのビジネスネタです。

僕は、ベンチャーにいた時に占い市場で事業立ち上げを経験したことがあります。結果から言うと、その事業自体は失敗に終わり1年ほどで撤退しました。(「なんで占いやねん!」というツッコミはおいておきます。自然の流れでそうなりました笑)

沢山の方にお世話になったのに、恩を返せず申し訳なかった痛い経験です。資金もいくらか失いました。

まあ、失敗した原因はたくさんあります。

起業というのは、ひとえに「これとこれとこれをきちんとやれば上手くいく」というような単純なものではないと僕は思ってます。料理のように、お肉と人参とじゃがいもをいれて、酒大さじ1、醤油大さじ1、みりん大さじ1、砂糖を少し入れて…みたいなレシピ通りにやれば再現性の高いものが作れるわけではないです。

ビジネスは、あくまで「関数」であり、その要素は無限にあります。いろんな要素が絡み合って、結果に影響してくるので、再現性の高い確実な起業レシピは存在しないと思ってます。大きくすることを目指す事業を始める場合は、特に難しいです。見えないことや読めないことも多いからです。

今回失敗した原因はなにか!?

その中でも、一番の原因を1つだけあげるならば「ビジネスモデルの軸をずらさなかったこと」だと考えています。どういことか説明します。

ビジネスというのは、突き詰めて言うと「ビジネルモデル × 人 × お金」この3つのかけ算で成り立ちます。

当たり前じゃんと思われるかもしれませんが、この公式がめちゃくちゃ重要で、僕は今めちゃめちゃ深いことを言っています(自分で言うな笑)。

さっき言ったように色々な要素が関わってくるのは事実ですが、削ぎ落としてシンプルに簡素化して言えば、という話です。

そして、これは足し算では無くて掛け算です。容易に想像できると思いますが、スタートアップというのは基本的には人も金をかなり少ないことが多いわけです。この感覚は、実際に事業をやってみないと分からないと思いますね。資源が少ない、資源を獲得してくる方法もよくわからない、という状況はだいぶ無茶な無理ゲーです。とにかくしんどいっす。

で、僕たちが占い市場で挑戦したのは「電話占い」というビジネスモデルでした。電話で占い師とお客さんをつなぐビジネスモデルです。

参考までに、占いの市場は、市場規模としてはかなり大きいです。電話占いをやっている会社も既にたくさんあって、お客さんもたくさんいるという状態でした。

我々はwebの知識がある程度あったので、どこか古臭いこの占い業界でなら勝てるんじゃないかと安易に思ってました。まずは、電話占いというビジネスモデルで始めてトントンになってきたら、新しいことを始めたり、差別化していけばいいかななんて思ってました。

しかし、結果はなかなか採算が合わない。市場はでかいんだけどレッドーシャンすぎて、供給側(つまり占い師のこと)を集めるのも大変、広告を打ってもなかなかお客さん側も来てくれない。同じようなサイトがありすぎてなかなか上に上がってこないという状況でした。もうまさに、ガチンコの体力勝負。

ある程度は思っていたものの、想定以上の無理ゲーでした。僕たちは短期で結果を出し、勝ちに行きたかったのですがそれは叶わないと悟りました。

ここで、さっきの数式を考えるとふっと腑に落ちます。

ビジネスというのは、「ビジネルモデル × 人 × お金」です。

要するに、他社とまったく同じ「ビジネスモデル」で持って投入しても、「人」と「お金」が圧倒的に少なければ、出力される結果は散々になるわけです。

だから、僕たちが最初からやらなきゃいけなかったのは、「ビジネルモデル」の軸を完全にズラすことでした。

「ズラす」というのは、他社より安くするとか、他社より質を良くする、とかそういうことではありません。それでは同じ「ビジネルモデル」です。同じビジネスモデルでは所詮、人、金の勝負です。気合で死ぬほど働いたところで、資本の力には敵いません。

「ビジネスモデル」の軸をずらすというのは、どういうことなのか?

例えばですが(上手くいくかどうかは別として)、現場の業界、他社のサービスが有料なのであれば、それを完全に無料で提供する。とか、他社のサービスが都度課金性ならば、月額のサブスクリプションモデルにする。とか。はたまた、他社のサービスでは人間が占いをやっているのであれば、それを音声データを取って完全にAIに占いをさせるとか。

まあ成否はともかく、ビジネルモデルの軸を大きくずらすというのは、そういう感じです。そうすれば、戦う土俵が変わります。土俵が変われば、人やお金勝負でなくても勝てる可能性がグンと上がります。

「どうやってビジネスモデル軸をずらせるか」を最初から考えなきゃいけなかったわけですね。僕は気づくのが遅すぎましたけど。

レッドオーシャンで挑もうとしている、既存プレイヤーが沢山いる市場、成熟市場で挑もうとしているベンチャーの場合は、改めて考えてみると良いかと思います。

以上、起業や新規事業を考える場合は、ビジネスモデルの軸を思いっきりずらそうねという話でした。

ありがとうございました!それではまた。

 

マタニティフォトを体験してみた

こんにちは。石川大貴です。

さて今日は、「マタニティフォト」のビジネス話です。

みなさん、マタニティフォトってご存知でしょうか?

妊婦さんがお腹が大きい時に、記念写真を撮ってくれるサービスです。

こんな感じ。綺麗ですね。


僕の奥さんから「マタニティフォトを撮りたい」と言われたので先月に体験して来ました。

まず、妊婦さん日本にどれくらいいるんだろう?と気になったので調べてみました。

日本は安産大国のようで、出産時に赤ちゃんが亡くなってしまう確率は1000人に1人ほどで、0.1%くらいのようです。
出生数をみてみると年間でざっくり94万人くらいみたいですね。ってことは、妊婦さんもそのくらいですね。おー結構いるじゃん。

めちゃくちゃニッチなサービスかなと思ったけど、母数としては割といるっちゃいるかもしれないですね。

僕が行ったところは、東京にある「スタジオネーブル」というところです。ざっとしか調べてないので定かではないですが、おそらくここが「マタニティフォト」の先駆けでありオリジンです。タレントの梨花さんを撮ったことでも有名です。せっかくなので、貴重な体験をしないと勿体無いのでここにしました。

値段は、トータルで4万8000円くらいでした。
(心底たけぇーーーー!と思いました(゚o゚;;流))

行ってみると、普通に小さな一軒家を借りてやっているようで、終始アットホームな雰囲気でした。とてもステキなスタッフさんでした。

最初は、どういう感じにしたいのかカウンセリングから入って、そのあと着替えてから撮影です。カメラマンと合わせて二人で対応してくださいました。全部で1時間くらいです。

感想としては、とてもあったかい空気で撮影してもらえますし、やはり一生に一度しかない「記念」ですのでとても有難い感じを受けました。幸福感に包まれるような時間を過ごすことができますし、写真は家族にとって大切な「記念」となります。

正直めちゃくちゃ値段が高いと思うのですが、それでもお客さんが買うのは「記念」だからですね。

結婚もそうだし、成人式の振袖もそうだし、葬式もそうですが、人生の中で大きなライフイベントに関するサービスは割と高い値付けができます。

「使う頻度が少ない商品」というのは高い値付けができるので、「記念写真」の中でも特に発生頻度が少ない「妊娠」に目をつけたことは、高い値付けをするという意味では良い戦略ですね。

一方で、まずターゲットは妊婦さんに絞られて、その中でも「マタニティフォトを撮りたい」妊婦さんだけに絞られるわけですから、お客さんはそれほど多くいるわけではありません。てか、割合で言ったらめっちゃ少ないと思います。

人生の大きなイベントごとなので購入頻度も1回、もしくは数回だけです。ですので、こういったライフイベント関連のビジネス専門でやるならば絶対に値段を下げてはダメで、もし下げたらやっていけなくなります。

ちなみに、普通に「写真屋さん」としてメシを食っていて、あくまでメニューオプションの一つとして「マタニティフォト」を扱っている場合は別です。多分地方では、ほぼこのパターンなのかもしれないですね。だから、マタニティフォトの「価格は安い」けど専業じゃないから「質もそこそこ」って感じですかね。地方でマタニティフォト専業でいくのは相当きついモデルですね。

このスタジオネーブルの方にお話を聞いたら、オーナーの方は、とにかく自分がやりたくて最初にこのサービスを始めたんだそうです。

当時「マタニティーフォト」なんて全くなかった時代です。欧米では「マタニティーフォト」を撮る文化はあったようですが、日本は全くなかったそうです。そこから、7,8年かけてやっと今の状態になってきたそうです。つまり、新しい市場を作ったという話ですね。すごい。

一社二社が新しいサービスを初めて少し知れるようになると、だいたい後発の同じビジネスが出てきます。おそらく後発でマタニティフォト専門サービスで事業を始めて、潰れていった会社もポコポコとあったと思います。今も、東京で検索してもたくさん出てきますね。

ビジネスにおいて、「厳しい市場」、「今はまだない市場」というのがあって、そこで戦う場合には「長く続けること」が何よりも一番重要なんじゃないかと考えています。今回の体験を通しても、それは思いました。ビジネスを成功させるには、いろんな要素が関連しますが、突き詰めるととにかく「死なずに長く続ける」ことだと思っています。

まだない商品を売っていく、新しい市場を作っていくことは本当に大変なことなので、覚悟を持って長期戦のつもりで挑む形だと良いんじゃないかなと、僕は考えています。

ということで、
本日は、「マタニティフォト」のビジネス話でした。みなさんも、タイミングが来たらぜひ体験してみてください!
また明日〜。